第98章 努力〜時透無一郎 【R強強】
暗がりのなか、膝をついた無一郎は、涙で濡れた瞳で慌てて起き上がったゆきを、ただ真っ直ぐに見つめていた。
「今日、なんでご飯あまり食べなかったの? 体調悪かったせい?」
静かな声が、張り詰めた空気に溶けていく…。嫌われたかもしれないという恐怖から、ゆきは咄嗟に嘘をついた。
「う、うん…」
「今日は、また甘露寺さんのお屋敷に行っていたの?」
「うん…」
「何していたの?」
「…珍しいお菓子を、一緒に作っていたの」
俯き、消え入りそうな声で答えた。
けれど無一郎は、小さく「ふーん…」と呟いただけだった。
その冷たさに胸が締め付けられ、ゆきは堪らず、ずっと伝えたかった本当の気持ちを口にする。
「今日…無一郎くんが生まれた日だから、プリンを作って渡そうと思ってたの」
無一郎の瞳が、微かに揺れた。
「ぷりん?」
彼はそっと手を伸ばし、涙で濡れたゆきの頬に触れた。ひんやりとした指先が、切ないほどに優しい。
「じゃあ君は…僕が生まれた日を、覚えていてくれたの?」
コクンと小さく頷いた瞬間、世界が反転した。
無一郎の長い腕がゆきの身体を抱き寄せ、その胸へと強く引き寄せたのだった。
久しぶりに触れる、ゆきの柔らかい感触。胸を満たす、愛おしい甘い香り。無一郎は腕に力を込め、ゆきの肩に顔を埋めた。
「ずっと、冷たく接してごめんね…」
耳元で囁かれた声に、ゆきの目から再び涙が溢れ出す。
「君が、必死に冨岡さんを忘れようとしている事…知ってるよ。甘露寺さんに料理を習ったり、不死川さんの稽古の見学をしたり。とにかく忙しくして、忘れる努力をしている事…ちゃんとわかってる。だけどそれが腹ただしかったのも事実なんだ…。それほどにまで、あの人の存在は大きかったんだね…」
無一郎の素っ気ない態度は、ゆきを失いたくないという怯えと義勇への嫉妬心だった。
「ごめんなさい…」
「何で謝るの…やめてよ、僕が惨めに感じる。」
無一郎は、ゆきの両肩に手を置き体を離した、そして自身の部屋へと戻って行った。