第98章 努力〜時透無一郎 【R強強】
真夜中、屋敷は深い眠りに包まれていた。
ゆきと無一郎の部屋は隣り合っており、一枚の襖だけで仕切られている。昼間のすれ違いが嘘のように
お互いの気配を感じていた。
布団の中で、ゆきは膝を抱えてじっと耐えていた。
夕刻、義勇と偶然再会した時に跳ね上がった鼓動。
忘れようと努力して少し薄れてきた頃の再会、過去の記憶が揺さぶられ動揺してしまった。
けれど、無一郎の冷たい瞳を思い出すたび、胸が引き裂かれるように痛む。
彼の誕生日に伝えたかった「生まれてきてくれてありがとう」という言葉は美月に先を越され、心を込めて作ったプリンは義勇の手元に置き忘れてしまった…。
私、何やってるんだろう…。無一郎くんに、嫌われちゃったかな…
涙が止めどなく溢れ、寝間着の袖を濡らしていく。
その頃、襖のすぐ向こう側では、無一郎が立ち尽くしていた。
「具合が悪い」と言って席を立ったゆきのことが、気になって仕方がなかったのだ。
本当に僕に関心がないなら、どうしてあんなに悲しそうな顔をして去っていったの?
無一郎はそっと、襖に手をかける。
引き手を掴む指先に、かすかに力がこもる。けれど、あと数センチがどうしても動かせない。
開けて、なんて言えばいいの? 僕を拒絶するかもしれないのに…
いつもなら割り切れるはずの心が、ゆきのことになると、まるで迷子のように臆病になってしまう。
無一郎はただ、襖の向こうから聞こえる微かな音に耳を澄ませていた。
その時、張り詰めた空気を破るように、襖の向こうから小さく、切ない涙を吸う音が聞こえた。
「…ゆき?」
無一郎の胸が、ドクリと大きく跳ねる。
もう躊躇う理由はなかった。無一郎は勢いよく襖を開いた。
暗がりのなか、涙で濡れた瞳を大きく見開くゆきと、切なげに眉をひそめる無一郎の視線が、まっすぐに絡み合う。
「無一郎、くん…」
「何で泣いてるの?」
無一郎はゆっくりと歩み寄り、布団の横に膝をついた。