第98章 努力〜時透無一郎 【R強強】
義勇の腕のぬくもりを振り切るように屋敷へと駆け戻ったゆきは、乱れた息を整える間もなく広間へと向かった。
すでに夕食の席は始まっており、部屋には、温かな湯気と出汁の香りが漂っていた。
「遅れてしまって、すみません…」
気まずさに肩を縮めながら、そっと自分の膳の前に座る。
すると、向かいに座る美月が、得意げな笑みを浮かべて小鉢を差し出してきた。
「ゆきさん、これ、私が作ったふろふき大根です。無一郎様のお好きな味付けにしてあるの。よかったらどうぞ?」
「あ…ありがとう…」
さっき無一郎くんにお誕生日の為に作った料理ね…。
戸惑いながら器を受け取ると、美月は探るような視線を向けて言葉を重ねてきた。
「ところでゆきさん。今日が何の日か、ご存知ですか?」
その問いに、ゆきの心臓がトクリと痛いほどに跳ねた。
忘れるはずがない。今日は…その為に甘露寺さんとプリンを作った…だけど、プリン…
義勇さんが持ったままだ…
ゆきが震える唇を開きかけたその瞬間
「美月、余計な話はいいよ」
声の主は、静かに箸を進めていた無一郎だった。
彼はゆきへ視線を向けることすらなく、突き放すような口調で言い放つ。
「…覚えてくれている人だけで、十分だから」
私も、覚えていたんだよ…
あなたがこの世界に生まれてきてくれた、愛おしくて大切な日。
お祝いしたかった。だけど…すれ違う今の私にはその資格すらないような気がして…。
込み上げてくる熱い涙を必死に飲み込み、ゆきはギュッと着物を握りしめた。
これ以上ここにいれば、惨めな泣き顔を見せてしまう。
「…ごちそうさまでした。私、少し具合が悪いので、お先に失礼します…」
味がしないまま白飯をほんの少しだけ飲み込むと、ゆきは逃げるようにその場を立ち上がった。
パタパタと廊下を遠ざかっていく、弱々しい足音。
広間に残された、ほとんど手のつけられていないゆきの膳。
それらを感情の読めない瞳でじっと見つめた後、無一郎はふうっと、やり切れないような重く切ない溜め息をつく…
「僕に、本当に関心が無いんだね…ゆきは…」
美月が、無一郎の側に座り手を取る
「私が、居ります。」
無一郎は手を振り解き部屋を出て行った。