第97章 忘れたい〜時透無一郎 不死川実弥【R強強】
「いらっしゃい、不死川さん。今日はそのお嬢さんと一緒かい」
お店に着き、無一郎へのお土産の団子を包んでもらっている時のことだった。店主が何気なく不死川に話しかけたその言葉は、ゆきの心を大きく揺さぶることとなる。
「あれ?あんたいつも無口な剣士様と一緒にいた子じゃ…最近じゃずっと一人で回ってるのを見かけるから喧嘩でもしたのかい?」
店主は、かつて義勇の継子として常に彼の隣に寄り添い、共に夜の街を護っていたゆきの姿を覚えていたのだった。
義勇の名すら出ない会話の中で、ゆきの脳裏にあの人の姿が鮮烈に蘇る。突然のことに心臓が激しく脈打ち、呼吸が乱れる
「…チッ、余計な世話焼きやがって。ほら、行くぞ」
不死川は店主を鋭く睨みつけると、すぐに機転を利かせてゆきの肩を抱き寄せ、店を後にした。
しかしゆきの涙腺は決壊してしまった。これまで必死に心の奥底へ封印していた想いが、ぽつり、ぽつりと溢れ出す。
「義勇さん…きちんと、ご飯、食べてるかな…」
声が震える。かつて一番近くで、彼の不器用な優しさを見守ってきたからこそ、心配でたまらない。
「夜、ちゃんと眠れているのかな…一人で、寂しいって、考え込んでないかな…」
真っ直ぐに注がれた「愛している」という言葉を置いて、私は別の未来を選んだ…なのに。
「泣いて、ないかな…」
堪えきれず、大粒の涙がゆきの頬を伝い落ちる。
傷つき、かつての師であり恋い焦がれた人のために泣きじゃくるゆきを見て、不死川の胸は引き裂かれそうだった。
ただの「兄」として、彼女の幸せだけを願うと決めたはずなのに。
やはり…妹の様には思えない…
「…クソが」
不死川は堪らず、ゆきを強く、強く抱きしめた。
「泣くんじゃねェ…俺が、ここにいてやるからァ…」
ぶっきらぼうで、だけど泣きたくなるほど優しい温もり。
ゆきはその胸に顔を埋め、声を上げて泣いた。
その腕の中で、義勇を失った哀しみを癒そうとするかのように…
だが、その時…
夕闇の向こう、ゆきの帰りを待っていた無一郎が、その光景を静かに見つめていることに、二人は全く気づいていなかった。
不死川は、泣きじゃくるゆきの首元に顔を埋めしっかりと抱きしめていた…。