第97章 忘れたい〜時透無一郎 不死川実弥【R強強】
いつしかゆきの日課は、不死川の屋敷へ行く事になっていた。
数年後の時透との婚姻を控え、隊を離れた寂しさと義勇との繋がりが無くなり揺れる心を埋めるように、ゆきは不死川の元へ通った。
庭先で木刀を振るう彼の猛々しい姿をただ眺めたり、時には人気のない静かな川辺へと連れ出してもらったり。
かつて義勇から真っ直ぐに「愛している」と告げられた記憶は、今もゆきの胸の奥に、切ない棘のように残っている。
だからこそ、ぶっきらぼうながらも本当の「お兄ちゃん」のように自分を大きな身体で守り、何もかも包み込んでくれる不死川の温もりに、ゆきはすごく救われた。
一方、婚約者である無一郎は、当初この状況に苦い表情を隠せなかった。
不死川が、ゆきに向ける眼差しが気になっていたからだ。
ゆきの心に寄り添う不死川を良く思っていなかった。
しかし、不死川本人から「ゆきを預かっているが、やましいことは一切ねェ」と直々にぶつけられた言葉を受け、男同士の約束としてそれを信じ、ゆきの心を静かに見守ることを選んでいた。
時は、義勇の継子を辞退してから、一月が経とうとしていた…
季節の移ろいと共に、二人の距離は驚くほど縮まっていた。周囲が驚くほど、ゆきは不死川に懐いていた。
ある日、いつものように二人で過ごしていた帰り道、ゆきはふと足を止めた。
「不死川さん、あのお団子屋さんに行ってもいいですか? 無一郎くんにお土産に買って帰りたくて…」
ニコッとして婚約者の名前を出すゆき
その無邪気な笑顔に、不死川の瞳が一瞬だけ切なく揺れる。
義勇の深い愛に揺れ、無一郎との未来を選び、そして自分を「兄」として頼っているゆき…。
「…チッ、惚気かよ。勝手にしやがれ」
口では悪態をつきながらも、歩幅をゆきに合わせてゆっくりと店へ向かう不死川。
その大きくて頼もしい背中を見上げながら、ゆきは「お兄ちゃん」がくれる優しい安心感に胸を甘く弾ませる。
その純粋なゆきの心を知っているからこそ、不死川はただの「兄」として、彼女の幸せだけを願いながら、夕暮れの道を並んで歩んでいく。
心の中では、ゆきを女としてまだ慕っているまま…。