第96章 さようなら〜冨岡義勇
ゆきは、結局一睡も出来ずに夜を明かした。
外からは無情にも鳥のさえずりが聞こえてくる。
いつもなら、早朝の冷たい空気を吸い込み、日輪刀を腰に差して義勇の元へ走っていた。けれど今日からは、そんな日常はない…
その時…
「ゆき…起きてる?」
襖越しに聞こえる無一郎くんの声に、私は呼吸を整えて「うん」と答えた。
扉をそっと開けると、そこには桜色の着物を大切そうに抱えた無一郎くんが立っていた。
ニコッと笑みを浮かべながら
「これ、今日から君が着る着物だよ」
桜色…義勇さんが贈ってくれた羽織も桜色だった…もう返しちゃったけど…
同じような色だな…
「着替えたら朝食を用意してあるからおいで」
「うん…ありがとう」
無一郎が去ったあと、ふと視界の端に映ったのは、もう二度と袖を通すことのない隊服だった…。
綺麗に畳まれた黒い布地に、義勇さんの背中が重なって見える。
もうあの人を、恋しくなっている自分に気づく…
私は無意識に手を伸ばし、その冷たい生地をそっとなでた。
朝食はしっかりと食べただろうか?
今頃はいつものように、黙々と素振りを始めている頃だろうか。
それとも…塞ぎ込んでしまっているかもしれない…
駄目だと分かっていても、頭の中は、義勇さんでいっぱいだった。
そんな思いをかき消すように、言葉を紡ぐ…
「さようなら、義勇さん」
誰に聞かせるでもなく呟き、ゆきは自身の頬を軽く叩いた。
パチン
しっかりしないと…私は無一郎くんを選んだ
義勇さんとは、もう何もないのよ
忘れなさい
鏡の前に立ち、無一郎が選んでくれた桜色の着物に袖を通す。
「綺麗な色の着物…無一郎くんが選んでくれたんだもの、大切に着ないと…。」
その桜色の着物姿で、ゆきは無一郎の待つ朝食の席へ向かった。