第96章 さようなら〜冨岡義勇
義勇は、答えを確かめるように、ゆきの頭をゆっくりと撫で、頬を指先でなぞった。
そしてゆきの顔を見つめる。
まっすぐ俺を見つめるゆきの瞳が、どこか不安そうに見えた…だがその後俺に少し微笑んだ…。
さらに試すように、義勇は顔を寄せ、唇を寄せていく…。
しかし、ゆきは拒まなかった。
それどころか、ただ静かに受け入れようとしている…。
義勇はギリギリのところで唇を離し、動揺を隠すように一度身体を引いた。
「け、稽古をはじめるから道場に移動する」
調子が狂い、不器用に頭を掻きながら、義勇は視線を逸らした。
「はい」
あまりに素直な返事に、義勇の胸は一層ざわつく。
ゆきが「愛している」という言葉を境に、必死に線を引こうとしていたのは手に取るようにわかっていたはずだ。
それなのに、今のゆきはまるで初めて無一郎から預かった時のように、素直で…まっすぐ俺を見てくる。
戸惑いながらも、午前の稽古をいつも通りに終えた。
ふと目を離した隙に、ゆきは「昼食の用意を手伝ってくる」と言い残し、小走りで台所へと駆けていった。
いつもなら、稽古後の汗を拭ったり、井戸水を汲んで喉を潤したりと、食事ができるまでの時間はゆったりと流れるものだ。
しかし、ゆきは義勇と二人きりの空間を避けるように、足早に去っていった。
やはり、気まずいのか…。ゆきがどこかおかしいと感じたのも気のせいか…
義勇は、去り際のゆきの背中を見つめながら、自分の手の平を握りしめた。
ゆきの肌のぬくもりがまだ残っているのに、もうどこか遠くへ行ってしまいそうな錯覚に、どうしようもなく心が締め付けられる…。
触れれば触れるほど、離れていくような不安。
義勇は、ゆきが見せたあの切なげな微笑みの意味をまだ知らない。
それどころか、少し淡い期待さえ抱いている…
夏の気配を含んだ風が、義勇の頬を撫でていく。