第95章 切ない雨宿り〜冨岡義勇
昨夜の嵐が嘘のように、空はどこまでも高く、澄み渡っていた。
しかし、足元は昨夜の雨の激しさを物語るように泥だらけで重く、ぬかるんでいる。
歩みを進めるたび、泥がゆきの足を汚していく。
義勇の屋敷が見えた時、門のあたりで人影が揺れた。
それは義勇だった。
姿を確認するなり真っ直ぐに駆け寄ってくる。
「何故黙って勝手に帰った。夜明け前、独りで…鬼と遭遇したらどうする」
心配そうに怒るその真っ直ぐな眼差しに、ゆきは胸が焼けるような思いがした。
「ごめんなさい。勝手なことをしました」
ゆきは、ただ小さく頭を下げる…その余りの素直さに、義勇は微かに戸惑いの表情を浮かべた。
それからふと、泥で汚れたゆきの足元に気づき、迷いのなくその身体を抱き上げた。
ゆきが、嫌がり暴れることを予期していた義勇だったが、抱き上げられたゆきは驚くほど大人しかった。
抵抗すらしないゆき、かえって義勇の心をざわつかせる。
ゆきが、連れてこられたのは風呂場だった。
湯船の縁に腰掛けさせられ、義勇の大きな手がゆきの足首を掴む。
不器用だが、これ以上ないほど丁寧に、熱っぽい指先で泥を拭い去っていく。
白い肌に触れる義勇の手は、限りなく優しくて、それが逆にゆきの胸を酷く痛めつけた。
「…義勇さん」
呼びかけると、義勇の手が止まる。湯気の向こうで、彼は淡い期待を隠せない瞳でゆきを見上げていた。
この優しさに甘えてはいけない。無一郎くんを傷つけ、自分自身を壊し続けるだけの関係は、今日で終わらせる。
「綺麗になったな」
そう言って微笑む義勇さんの姿が、どうしようもなく愛おしく、そして苦しい…。
二度と触れられないかもしれない距離が、すぐそこまで迫っている。
ゆきは、義勇の髪に触れそうな手を震えさせながら、ただ、彼の一挙手一投足を目に焼き付けることしかできなかった。
これが、最後の思い出になるのだと噛みしめながら。
今日のゆきは、おかしい…やけに素直で俺を拒まない。
俺の気持ちを、もしかして…受け入れてくれるのか?
義勇は、足の泥を洗い綺麗にしたゆきを試すつもりで抱きしめた…。
ゆきは、嫌がらなかった…。