第90章 好き〜時透無一郎 冨岡義勇【R18】
義勇が、すぐそばで息を切らして立っていた。
「待ってくれ時透!婚約は待ってくれ」
「あなたに指図される筋合いはないけど?」
無一郎は真っ直ぐな視線を、義勇に向けながら、腕の中のゆきをぎゅっと抱いた、まるで小さな子が大切なものを取られまいとするような動作だった。
「ゆきを、俺も想っている…」
その言葉に、ゆきの心臓が跳ね上がる…けれど、無一郎の腕の確かな冷たさがそれを許さない…。
「何言ってるの?胡蝶さんがいるでしょ?」
「胡蝶の事は…胡蝶には…きちんと話をしようと思っている」
「知らないよ冨岡さんの事情は」
無一郎の声は、今まで聞いたことがないほど低く、男の声だった。
彼はゆっくりと腕を解くと、今度はゆきの手を引いた。
「ゆきいくよ」
「まて!婚約はまだしないでくれ!ゆき!?聞いているだろ?お願いだ」
背後から響く義勇の必死な声は、いつもの冷静さは微塵もなく焦っていた。
義勇さん…なぜ今そんな事を言うの…やめてよ…私を混乱させないで…
ゆきの胸の奥が、ちくりと甘く、切なく痛む…。
昨夜の温もり、今朝の口付けの感触が脳裏をよぎり、足がすくみそうになる。
だが、その迷いを察したように、無一郎がゆきの手を握る力をさらに強めた。
しかし…その手は、かすかに震えている。無一郎だって不安でいっぱいだった。
「見ないで。僕だけを見てって言ったでしょ?」
戸惑うゆきを無一郎は、無理やり手を引き中庭を後にした。
背後から届く義勇の視線を振り切るように、無一郎はゆきの手を強く握り歩き出した。
人気のない廊下に連れ込まれた瞬間、無一郎はゆきを壁に押し付けるようにして、再びその体を強く抱きしめた。
「…揺れないでよ」
耳元で囁かれた声は、泣き出しそうなほど切ない。
「冨岡さんの言葉に、捕まらないで。僕の心は、君がいないともうボロボロなんだから…」
無一郎の切実な想い…義勇のゆきへ向けられた本心…二人の男の深い愛の狭間で、ゆきの心は甘く激しく狂わされていく…。