第87章 口付け【R18】冨岡義勇
翌朝、無一郎は朝から任務だった。
美月の右腕の怪我も大事には至らず、本人の強い希望で同行することになった。
朝食の席ーー
「無一郎様、今日は、隣町の調査ですよね?」
「…そうだけど」
「あそこ、季節の果物を使った美味しい甘味屋があるんですよ。調査が終わったら、二人でゆっくり食べましょうね。」
美月が甘えるように微笑みかけるが、無一郎の視線はゆきに釘付けだ。
ゆきは二人の会話を余所に、食事を終えて膳を片付けようと部屋を出ようとした。
その瞬間、無一郎が呼び止めた。
「ゆき!…今日は夜の任務はないから。夕刻には必ず戻る。だから、僕を待ってて」
「うん…わかった。気をつけてね」
ゆきが、少し笑顔を見せると、無一郎はようやく安心した…。
道中、美月の前を走る無一郎の足取りは、いつになく速い。
一刻も早く任務を終え、ゆきの元へ帰り、昨夜の空白を埋めるようにゆきを愛したい
「無一郎様! 待ってください」
後ろから美月が声を上げるが、無一郎は振り返りもしない。
「先に行ってる。ぐずぐずしてると置いていくよ」
冷たく言い放ち、無一郎はさらに速度を上げる。柱の脚力に、怪我を負った隊士が叶うはずもない…。
美月は切ない目で、去っていく無一郎の背を見つめた…。
帰りたくないな…。このまま、二人きりで街に泊まれたらいいのに…
その時、美月の脳裏にある考えが浮かんだ。
良からぬ考えだった…
そして夕刻
任務を終え帰路につこうとした時だったー
早く帰って、ゆきに会いたい…
無一郎がそう願い、足を速めたその時、後ろで美月が泣き叫んだ。
「どうしよう…お母様の形見を失くしちゃった!」
美月は青ざめた顔で地面にへたり込み、必死に辺りを探し始めた。
無一郎は焦った。一刻も早く帰って、ゆきを抱きしめたい。
けれど、美月が夜の街を一人で探すのを、どうしても見捨てることができなかった。
結局、無一郎は帰るのを諦め、美月の「探しもの」に付き合うことにした。
すべては、無一郎を帰したくない美月の作戦通り。
夜が更けて、もう帰れない時間になるまで、美月は嘘の探しものを続ける。
今夜、無一郎が一緒に過ごすのはゆきではなく、自分なのだと確信して…