第87章 口付け【R18】冨岡義勇
「どうした、ゆき…」
義勇の声が、狭い小屋に甘く響く。隙間から外を覗き込み、表情が曇るゆきの横顔を見て、義勇もまたその視線を追った。
月光に照らされた縁側。そこでは、無一郎が美月を抱き寄せ、その背を優しく「トントン」と、一定のリズムで叩いていた。
ゆきの胸が張り裂けそうになる…
それはかつて、年下の無一郎が「ねえ、やってよ」と甘い声でゆきにねだり、二人だけの密やかな合図として始まったもの…いつしか、ゆきが心細さに震える夜に、無一郎が同じようにしてくれた特別な証に変わっていた。
自分にしか向けられなかったはずの指先が、今は別の人の背中を、あやしている。
その光景は、深くゆきの心に刺さった。
「…結局、私は余り物なんですよ。無一郎くんには美月さんがいて、義勇さんには、しのぶさんがいる。私は、剣士としても弱く、女としても…傷物。身体だって、あの時汚されたまま…」
自身を傷つける言葉が、涙と一緒にこぼれ落ちる。
義勇は、堪らずゆきを抱き寄せた…
「汚れてなどいない。そんな言葉、二度と口にするな」
義勇の吐息が、ゆきの涙で濡れた頬をなぞる。
「余り物なんかではない…俺にとってお前が一番だ…」
「嘘…義勇さんは、しのぶさんを選んだのに…」
泣するゆきの顎を、義勇は指先で強引に上を向かせ至近距離で、見つめる…。
「お前に俺が好きかと聞いた時にお前は、答えてくれなかった、だから俺は自分を一途に思ってくれている胡蝶を選んだんだ。」
義勇はゆきの耳たぶを甘噛みし、耳元で囁く
「ゆき、外を見るな。今は俺だけを見ろ…。あんな子供じみた『行為』では、もう満足できなくしてやる。」
静まり返った物置の中、重なる体温と乱れる呼吸…
ゆっくりと義勇の唇が、ゆきの唇に重なる…
ゆきは、咄嗟に顔を横に向けた。
「駄目です…しのぶさんを選んだのに…辞めてください」
義勇は、頬を持ちゆきをこちらに向かせた。
「わかった…だが今お前は二人のあんな光景を見て悲しいのだろう?」
「…はい」
「ならば…この小屋の中だけは全てのことを忘れよう…小屋から出れば無かったことにしていい…だから今は…俺に甘えてくれ」