第85章 霞柱邸〜時透無一郎【R強】
その頃無一郎は、一刻も早く屋敷に帰りたい一心で、目の前の鬼を次々と斬り捨てていった。
その剣捌きはいつも以上に鋭く、同行していた継子の美月が思わず見惚れてしまうほど見事なものだった。
「無一郎様、鬼はすべて倒しました。あとは事後処理を待つだけです!」
美月の報告が終わるか終わらないかのうちに、無一郎は刀を鞘に収めた。
「先に帰っていいかな? 美月なら、あとの説明くらい一人でできるでしょ」
立ち去ろうとする無一郎の腕を、美月は慌てて掴んだ。
「な、なに?」
無一郎が無愛想に美月に視線をやった。
「あの…やっぱり、一人だと不安で…」
その言葉に、無一郎は冷めた目で美月を見つめた。
無一郎は美月の実力を高く評価してる。だからこそ、その場しのぎの嘘が今の無一郎にはひどく煩わしく感じられたからだ。
「君の腕前や頭の回転の速さは認めてる。…不安なんて、嘘でしょ?」
無一郎は、自分の腕から美月の手を冷たく振り払った。
今の無一郎にとって大切なのは、有能な部下の機嫌を取ることではない。
一人で自分を待っている、不安定なゆきの元へ一秒でも早く戻ることだった。
「今、ゆきは心が不安定なんだ。だから、早く帰りたい。側にいたい」
それだけ言い残すと、無一郎は風のようにその場から姿を消した。
一人取り残された美月は、激しいいら立ちとやるせなさに震えた。
無一郎が自分に向けるのは戦力としての評価だけ…。
それなのに、あのゆきという女に対しては、見たこともないような深い愛情を与えている…。
「本当に…あの人が私は嫌い…」
自分に目もくれず、ゆきのことばかりを優先する無一郎の姿…。
美月は、無一郎を独占するゆきへの憎しみを募らせながら、強くこぶしを握りしめた…。