第81章 見せつけられる愛
障子の向こうで震えるゆきの気配が、義勇の心臓を鋭く刺す。
桜色の羽織が月光に透け、その細い体が寒さと孤独に耐えているのが手に取るように分かった。
「冨岡さん、どこを見ていらっしゃるのですか?」
しのぶの声が、響く。
彼女は義勇の視線が外の影に縛り付けられていることを悟っていた。
向けられない体温、届かない視線。付き合っているはずの義勇の心は、今この瞬間も障子の向こうのゆきに注がれている。
その事実に、しのぶの胸にもまた、切なさが込み上げる。
「…私では、お嫌ですか?」
しのぶは弱々しく義勇の羽織を掴み、唇を寄せていく。
義勇は罪悪感を感じる。ゆきへの気持ちを断ち切れないまま、自分に向けられるしのぶの愛を疎かにすることは、許されない事だ。
義勇は自分に言い聞かせるように、しのぶの腰を抱き寄せ、その唇を受け入れようと顔を寄せた。
外で気配を伺っていたゆきは、重なる二人の影に息が詰まりそうになる。これ以上、直視し続けることはできない…。
逃げ出したい一心でその場を離れようとした瞬間、冷たいしのぶの声が響く。
「どこへ行くのですか?…持ち場を離れることは、この私が許しません!」
逃げ道を塞がれたゆきの耳に、次に届いたのは、激しく唇が触れ合う音だった。
しのぶは、義勇の唇を深く奪った…
外にまで生々しく響くその音は、ゆきにとって聴くに堪えなかった。
ゆきは耳を塞ぎ、冷え切った廊下の上でこれ以上ないほど小さく丸まった。
「…っ」
溢れそうになる悲鳴を喉の奥で押し殺す。
部屋の中では、しのぶの激しさに義勇が圧倒されていた。
重なり合う唇の熱さとは裏腹に、義勇の瞳は廊下で耳を塞ぎながら小さくなっているゆきを追い続けていた。
そこへ、鴉が静かに舞い降りた。
漆黒の翼が、震えるゆきの肩を優しく叩く。
「コッチヘ、オイデ」
二人の音が届かぬ場所へ、ゆきを連れ出そうと導く。
「ゆき、許シテクレ。義勇ハ、義勇ハ…優シイ子ナンジャ」
鴉が紡ぐ、途切れ途切れの謝罪。
ゆきの肩に乗り顔を寄せて冷えた頬を温めてくれた。
「ありがとう…寛三郎」