第81章 見せつけられる愛
障子の向こう側から漏れる、しのぶの甘い声が、夜の宿に鮮やかに響く。
「冨岡さん、もっとこちらへ。夫婦のふりなのですから、そんなに離れていては怪しまれてしまいますよ」
衣が擦り合う音が聞こえ、二人の距離が縮まったことを予感させる。
義勇は、寄り添ってくるしのぶの肩を受け入れながらも、その意識の半分は薄い障子一枚を隔てた外へと向けられていた。
不意に、小さなくしゃみが聞こえた。
凍てつく夜風にさらされた、ゆきの震える吐息。
庭の月明かりが、自身を抱きしめるように丸まったゆきの影を、鮮明に畳の上へ映していた。
あいつを、外へ出したのは俺だ…風邪をまた引くやもしれない…
いつも大切に大切に守ってきたはずだった…
それなのに、なぜ今、自分は別の女を腕の中に抱き、あんなに大切に守ってきたあいつを極寒の闇に放り出しているのか。
きっかけは、ゆきの煮え切らない態度だ…。「好きか」と問うても返事をくれなかった。
義勇はあてつけのようにしのぶと付き合う事を受け入れた。
「あら、冨岡さん。心ここに在らずですね。私では、不満かしら?」
しのぶがわざとらしく胸元に顔を寄せ、藤の花の香りを振りまく。
義勇は、外のゆきが気になる…自分が見張りにつかせたのに…
鬼が来たら、あの凍えた手で刀を抜けるのか?
ゆきがきになるが、目の前の俺に対してのしのぶの献身的な想いも理解している。
柱として任務を全うしなければならない責任もある。
だが、視界の端で揺れるゆきの影が、寒さに耐えかねて小さく震えるたび、義勇の理性を鋭い痛みが突き抜ける。
ゆきとこぼれそうになった名を、奥歯で噛み殺す。
結局、言葉に頼ろうとした自分の弱さが、一番守りたかったはずの存在を、最も深く傷つけている。
月明かりの下、桜色の羽織に身を包んだゆきは、部屋から漏れる「睦まじい夫婦」の気配を全身で浴びていた。
本来だったらこの任務は、義勇さんと二人でしていた任務なのかな…?
しのぶさんの場所に私が居たのかな…?
ゆきは、義勇が求めていた「答え」を出せなかった報いなのだと、自分に言い聞かせながら見張りを続けた。