第81章 見せつけられる愛
道場を飛び出した後、熱くなった頭を冷やす間もなく、義勇がゆきの前に現れた。
義勇は謝ることも、言い訳をすることもしなかった。
「準備をしろ。やはり、お前も連れて行く」
有無を言わせぬ雰囲気に、ゆきはただ頷くしかなかった。
朝、強引に掴まれた手首が、まだ熱く痛んだ…。
待ち合わせ場所にいたのは、少し意外そうな顔をしたしのぶさんだった。
「あら? ゆきさんもご一緒。富岡さん、二人で十分だと仰っていましたけれど」
しのぶの微笑みに混じるどこか冷たい雰囲気…。私は自分が「歓迎されていない」ことを悟り、居心地の悪さに思わず俯いてしまった。
「あの、しのぶさん今回の任務の内容を、私はまだ伺っていなくて」
「あら、富岡さん、お話ししていないのですか?」
しのぶはわざとらしく溜息をつき、任務の全貌を明かした。
「今回の鬼は、仲睦まじい夫婦を好んで狙うのですよ。だから、宿に一晩泊まり、夫婦の振りをしながら誘き出し、斬る。そういう任務なのです」
その言葉に、私の心臓が凍りついた。
「じゃあ、私、いらないじゃないですか。お二人だけでいいのでは?」
絞り出した声が震える。
二人が睦まじく夫婦を演じる姿を、私はただ側でじっと見ているって事よね…。
それならいっそ、道場に置いていってほしかった。わざともしかして、義勇さんは私を連れてきたの?見せつけるために…?
「黙っていろ。お前は…外で見張りだ」
短く遮る義勇の横顔は、いつにも増して険しい。けれど、その瞳はゆきを捉えるたびに、苦しげに泳いでいた。
しのぶは義勇の腕をそっと取り、笑みを浮かべる。
「ゆきさんは、冷えないように気をつけてくださいね。私たちは…部屋で『夫婦』としての時間を過ごさねばなりませんから」
夜の帳が下りる。宿の一室から漏れる、二人の親密な話し声。
障子一枚隔てた廊下で、一人私は冷たい刀の柄を握りしめた。
義勇さんは、私を苦しめたいんだ…きっと…
夜風が身体に当たるたび寒さが募る…。
「くしゅん」
寒い…朝までここか…部屋の中からしのぶさんの楽しげな声が聞こえてくる…。
義勇さんに貰った桜色の羽織が、寒さをしのいでくれている…なんて滑稽なの…
ただ月だけが綺麗に輝いていた。