第80章 決別
刀鍛冶の里での生活は、それからもしばらく続いた。
湯煙に包まれた里の空気は穏やかだが、ゆきの胸中には、あの一夜の出来事と、義勇の不可解な行動がずっとひっかかり、ゆきを混乱させる。
義勇は時折、任務で里を離れては戻り、ゆきの療養を支えていた。
宿では毎晩同じ部屋を使うが、あの日以来義勇は指一本触れてくることはなかった。
温泉の効能で、ゆきの手の甲の傷も咳もすっかり癒えそして刀鍛冶の里での生活は、終わりを告げようとしていた。
お館様から下された「帰還」の命
ここを去る前にはっきりしておきたいとゆきは、考えていた。
里を去る前夜、ゆきは意を決して、隣に座る義勇へ胸の内を明かした。
「義勇さん…私、戻ったら自分の場所を探そうと思います。一緒の屋敷に戻るのは…」
「何が言いたい?」
義勇はゆきを見ようともせず、ただ手入れ中の日輪刀を凝視している。
「継子が師範と寝食を共にし、任務や稽古に励む。鬼殺隊において、これ以上に合理的な生活形態はないはずだ。お前が悩む理由が分からん」
あまりに素っ気ない物言いに、ゆきは言葉を失う。
「でも、あの夜のことが…」
「ゆき」
名前を呼ぶ声にわずかな湿り気が混じったが、それも一瞬だった。義勇は刀を鞘に収め、ようやくゆきと視線を合わせた。
「俺はもう、お前には…私的には触れない。あの日、頑なに俺の問いから逃げ、答えを聞かせてくれなかったお前を見て思い知らされた。お前が俺を、男として好いてくれることはないのだと」
しのぶさんとお付き合いしている義勇さんにどうやって好きと言えるのよ…
「明日からは望み通り、どの任務にも連れて行く。以前のような過保護な真似もしない。一人の剣士として扱う。」
「…はい」
絞り出した声が震える。
望んでいたはずの「師弟関係」に戻ったはずなのに。守られる対象ではなく、隣を歩く剣士として認められたはずなのに。急に突き放され何だか淋しくも感じた。
義勇さんは、あの夜私を思うように抱いて満足したんだ…きっと
私の体に飽きたんだ…
もう私に触れないと言ってくれた…
だけどまた共に生活するのは辛い…