第76章 奪い合い〜冨岡義勇 時透無一郎 不死川実弥【R】
蝶屋敷に到着すると、そこには馬車を追い越して先回りしていた義勇の姿がすでにあった。
怪我人を気遣いゆっくりと進む馬車よりも、柱である彼の足の方が遥かに速かった。
病室へ運ばれたゆきの傍らで、義勇は何も言わず、身の回りの整理を始めた…。
棚に荷物を納め、寝台のシーツを整える。その背中を見つめながら、ゆきは縁側で聞いた美月への言葉を思い出さずにはいられなかった。
私には、あんなに優しく「安心できる」なんて言ってくれなかった…ずっと、行くな…駄目だなどの言葉ばかりだった。
重苦しい沈黙が部屋を支配し、気まずさに耐えかね、ゆきが「あの…」と声をかけようとした瞬間、義勇が手を止め、ゆっくりとこちらを振り向いた。
「手が、腫れているな。冷やした方がいい」
義勇は、ゆきの手に優しく触れてきた…
「すまない…こんなに酷い怪我だとは気づかなかったんだ…昨夜…不死川が縫い合わせてくれたみたいだが、痛かっただろう?」
そう言いながら、額にも手を当ててくる…
「手が傷で炎症しているから熱もまだある。本当はすぐに横になりたいくらい体が怠いだろう?そうやって立っているのもやっとだろう?」
なんで…義勇さんそんな事わかるんだろう…そうだよ…ずっと藤の家を出る時から無理してた…
多分義勇さんと美月さんの会話を聞いてから気が立っていて普通に出来ていたのかも…
でも、義勇さんのそんな優しい声を聞いたらなんだか…気が…抜けて…
ふらつくゆきを、義勇は抱きとめた。
「昨夜も怒鳴って悪かった…俺からお前が離れるのが不安なんだ…怪我しやしないか、居なくならないか…不安すぎて目が届く所に置いてないと気が狂いそうなんだ…」
義勇のそんな告白に、ゆきは何も言えなかった…何故ならそんな弱い自分が居るせいで義勇を困らせているんだと、強く確信してしまったからだった…。
義勇は、甘く切ない想いの告白はかえってゆきを、遠く引き離す結果になっていた…が、義勇はそんな事には気付いていなかった。
義勇が、ゆきの頬を両手で包み込み口付けをしようと顔を寄せ…
唇が、触れそうな瞬間…顔を逸らされてしまう…。
「ゆき…したい、こちらを向け」
「私と義勇さんは、師範と継子ですよ?恋人じゃない」