第105章 無一郎と美月の仲〜時透無一郎
一方その頃、無一郎はゆきの姿を求めて街を歩き回っていたが、一向に見つからず重い足取りで屋敷へと帰ってきた。
門の前には、心配そうな表情を浮かべた美月が待ち構えている。
疲れ果てていた無一郎は、引き寄せられるように美月へ甘え、その肩に額を預けた。
「…ゆきが、どこにもいなかった」
ぽつりと漏らした声の幼さに、美月は愛おしさを募らせる。
優しい手つきでその頭を撫でながら、甘く囁いた。
「こんなに無一郎様を悩ませて悲しませるなんて…私、ゆきが許せません」
「…ねぇ、簪の件だけど」
無一郎は遠い目をしながら、美月の身体を静かに押し返した。そのまま彼女の瞳をじっと見つめ直す。
「本当に、ゆきが君の簪を隠したの?」
「はい。彼女の部屋で見つかりましたから」
美月は少しも動じず、健気に微笑んで見せた。
「僕に嘘をついていない?」
「勿論です。…無一郎様は、どちらを信じてくださいますか? 優柔不断で浮ついた気持ちのゆきと、ずっと無一郎様だけを一途にお慕いしている私…どちらを」
詰問するような視線を受け止めた無一郎は、ぐっと拳を握りしめた。
胸の奥で何かが引っかかっている。
ゆきは、自分に違うと言った…。頭に血が昇っていた僕は、思考が麻痺していたのかもしれない…
ゆきの話にきちんと耳を傾けたか?
だが、今はそれを確かめる気力さえ湧かなかった。
「…ごめん。今日は稽古、無しで」
「え…?」
「自主稽古、しておいて…」
美月の問いには最後まで答えないまま、無一郎はそっと距離を置く。
振り返ることもせず、一人静かに自分の部屋へと戻っていった。
残された美月は、無一郎が徐々に自分に向いていた気持ちが少しずつまたゆきに、戻りつつある事を感じ取っていた。