第104章 護衛〜冨岡義勇【R強】
翌日、稽古を終えた甘露寺さんが「一緒にお菓子を作らない?」と声をかけてくれた。
台所で甘い香りに包まれながら作業を始めたものの、私の手元はどこかおぼつかない。
「ねえ、ゆきちゃん。昨日…冨岡さんと会ったんだよね? 隠の子から聞いたの」
心臓が跳ね上がった。無一郎くんの婚約者という身でありながら、昨日、義勇さんに触れられた唇が急に熱を帯びたような錯覚に陥る。
「あ…う、うん」
「冨岡さんに『下がれ』って言われて、その子は帰ってきたみたいだけど…大丈夫だった? 何か変なことされなかった?」
甘露寺さんの真っ直ぐな瞳に見つめられ、私は動揺を隠すように、慌てて手を振った。
「ううん、大丈夫! 少し立ち話をしただけで、本当に何でもなかったから…」
何とか取り繕って報告したものの、無一郎くんへの罪悪感で胸が押し潰されそうになる。そんな私をそっと見つめ、甘露寺さんは少し悲しそうに眉を下げた。
「あのね…私、無一郎くんも同じ柱として大好きだし、冨岡さんのことも、もちろん仲間として大切に思っているの。だけど、ゆきちゃんを巡って二人が喧嘩したり、ギクシャクしたりしているのを見ていると、どうしても胸が苦しくなっちゃって…」
「ごめんなさい…」
私はただ申し訳なさそうに俯くことしかできなかった。
隊を辞めて彼の婚約者になったのに、私の煮え切らない態度が、周囲の優しい人たちまで傷つけている。
甘露寺さんはそっと私の手の上に自身の温かい手を重ね、核心に触れる質問を投げかけてきた。
「…ゆきちゃんは、結局、どちらのことが本当に好きなの?」
その言葉が、私の迷える心に深く突き刺さる。
隠していた傷口を開かれたような痛みに、胸が激しく締め付けられた。
けれど、いつも温かく見守ってくれる甘露寺さんにだけは、もう嘘をつきたくなかった。私は意を決して顔を上げ、彼女の瞳をまっすぐに見つめた。
「無一郎くんを選んで、婚約者になったはずなのに…刀鍛冶の里でいろいろなことがあって、何が正しいのかよく分からなくなっちゃって…。正直に言うと、今は自分の気持ちが、完全に迷子になっているんです。」
ありのままの弱い自分をさらけ出すと、甘露寺さんは私の手を優しく握り締め、包み込むような笑顔を浮かべてくれた。
そして黙って抱きしめてくれた。
