第2章 大正
あてもなく山林をひたすら歩いたけど
まだ一度も人と出会えていない…
なんとなくの感覚で、すでに1時間以上歩いている気がする。
昔、剣道を習っていた時に鍛えたことと
看護師という激務で毎日懸命に働いていた甲斐もあって、体に疲労はあまり感じていないけど
さすがにずっと山の中を歩いていると
精神的な疲労が削られてきていた。
『あー…もうっ…!!一体どこなのここは!!』
夜の山ほど不気味なものはない。
独り言を叫んでも、誰も返事をしてくれないし
シン…と静まり返るだけ。
ただでさえまだ混乱してるっていうのに
1時間以上歩き続けても、何も変わらないこの状況に、私は少しずつイライラが募っていった。
それでも足を止めずに、またしばらく歩き続けていると
少し離れたところから、物音と、人の声が聞こえてきた。
『よかった…!!誰かいる!!』
音が聞こえたことに喜びを感じた私は
走って音のする方へと向かい…
近づくにつれて音は大きくなっていき
安心感に包まれたが、なぜかもう人の声は聞こえなくなくなって…
これまで一度も聞いた事がない
変わった音しか聞こえなかった。
一体何の音だろう、と不思議に思いながら
草木を分けて進むと、やっと人影が見えた。
しゃがみ込んで、私に背を向けているその人…
私はその人に向かって声を掛けた。
『あ、あの…!すみません、ちょっと聞きたいこと…が…』
「…あぁ?ンだよ、まだ生きてる奴残ってたのか。」
『え……いや、あの……ッ、ひっ…!!』
「ほーう?女か〜…
見た目は地味だが、きっと食ったら美味いんだろうなぁ。」
私が声を掛けた人は
こっちに振り返ると、口元に血がたくさんついていて……
その時、ちょうど雲に隠れていた月が出てきて
少し明るくなると、その人の周りには
同じ服を着た沢山の人達が転がっていた。
全員ピクリとも動かず血塗れで
なぜかその人は、そのうちの1人をむしゃむしゃと食べているようだった。
私がここに来る途中に聞いた音は
この人が人間の肉を食べている音…
…どうりで一度も聞いたことのない音だったわけだ。