第1章 現代
私にはもう、失うものなんて何もない。
これで漸く…解放される…
辛いことを体験しなくて済む…。
それに、私がここから飛び降りたら
勤めていた看護師が自殺した病院だと
世間の注目を浴び、この病院の評判はますます下がるだろう。
『…ふふっ……ざまーみろ…』
私をクビにしたこの病院に、
仕返しが出来ることを嬉しく思った私は…
片方の足を半歩前に出すと
そのまま体ごと落下していった。
落ちていくその時間は、
なんだかすごくゆっくり流れているような感覚で…
まるで空を飛んでいるような気分だった。
少しずつ地面との距離が近づいていって
一瞬だけ感じるであろう痛みの衝撃に備えようと目を閉じかけたら…
地面の色はコンクリートのねずみ色から
深い緑色に一瞬で切り替わった。
『!?!?いっ……、あ、あれ…?』
思っていたより、全然痛くない。
意識だって、しっかりある…。
草がいいクッションになったから
私の体は傷一つつかなかったようだ…
『っていうか、何で…?
ここ…
どこなの…??』
周りを見渡すと、私はどうやら山林の中にいて…
飛び降りた時、空はまだ明るかったはずなのに
今はもう暗くなっている、確実に夜。
自分の身に一体何が起きたのか…
夢でも見ているのかと思って
頬を抓ってみたけど、ただ痛いだけだった。
痛みをちゃんと感じるから
自分はまだ死なずに生きているのが分かったけど…
どうしてこんなことになったのかが
全く理解できなかった。
飛び降りて、地面に叩き付けられると思ったら
一瞬で夜に変わり、山の中にいる…
こんな状況を、すぐ理解することなんて不可能だ。
とりあえず、私は体を起き上がらせて
ここが一体どこの山なのか…
どこかに人の影はないかを調べることにした。
夜の山の中は、少し肌寒くて体が震えたけど
しばらく歩き続けている間に体を動かした事で暖かくなり、そのままひたすら歩き続けた。
『そういえば、おにゅーの眼鏡…
壊れなくてよかったなぁ…。』
…これから恐ろしい事が起きるというのに
私はそんな能天気な事を考えていた。