第12章 (短編)ある日の話(槙寿朗)※
傷跡に軟膏を塗り始めると煩悩を捨てるように無心に目を瞑る。
指先に集中すると僅かに凹凸が感じられる。
ふと背中を見ると痛々しい傷跡が見える。
(確かにこの傷跡はひどいな)
「痛かったか?」当時の事を聞くと
「もう100年以上も前の話だ。言われるまで忘れていたくらいだ。当時は痛みよりも疑問の方が大きかった気がするよ。何故私だけにこんな仕打ちをするんだって。」
「幼い子にこんな事…鬼より醜い人間がいるのだな。」
「ふふ。もう終わった事だ。今、私は幸せだ。」
もう少しだけ塗ろうと追加で薬籠から軟膏を指に取り肌に触れると
ぴくっと柊の
背中が跳ね、「ひゃぅっ!」と声が出る。
「っ!すまない…。薬が冷たくてつい…。」
「いや…。」
一度感覚が高ぶると声を抑えることができなくなる
「んっ…。っあぅっ…。…っやっ…ぁんっ!」
その声を聞くと槙寿郎の欲情が再び再熱する。
優しく塗る手つきは段々といやらしいものへと変化していく。
「っはぁ…っあぁんっ…まっ…て…槙…寿朗…っ!」
いつか聞いた柊の声。壁越しではない、槙寿朗の手がその声を出させていると考えるとさらに欲望が増していく。
「柊。まだ塗りきれていない。もう少し我慢しろ。文句は言わせないぞ。」
コクコクと頷く柊。顔は見えないが、手で口を押さえ必死に声を出さないようにしているが無意味だ。むしろそそられる光景だというのは柊はいつになったら気付くのか。
すーーっと下から上へと指をなぞると背中をビクビクっと仰け反らせ遂に畳に手をついて前に倒れ込んだ。
倒れ込んだ柊の背中を無言で見つめる槙寿朗。
今彼は葛藤している。このまま手を出すのは簡単だ。だが彼女は息子と良い仲だ。手を出して良いわけがない。だが少なくとも槙寿朗は柊に対して『息子の恋人』以上の心情を抱いている事も確かだ。
グッと自分の思いを我慢して腰まで落ちてる浴衣を正そうと手を伸ばすとその瞬間柊の濡れた瞳と目が合う。
「槙寿朗…?…もう…終わり…?」
槙寿朗の積み上げてきた理性という積み木がガラガラと崩れていく。