第10章 父との約束、母の温もり
──────
瞼を開けると、そこは白い天井だった。
消毒液の匂いと、微かな花の香りが鼻をつく。見覚えのない天井、見慣れない布団。頭はぼんやりとしていて、体が鉛のように重い。
(…私は、どこに…)
「ぁ…がっ…!!」
体を起こそうとするが、激しい痛みが全身を襲った。喉が張り付いたように乾き、声も出せない。その時、視界の端に、白い包帯が巻かれた自分の腕が見えた。そして、その包帯に、点々と染み付いた、黒い染み。
それは、鮮烈な記憶となって、私の脳裏に蘇った。
血。両親の血の色。
あの夜、屋敷を埋め尽くした、温かくて、甘くて、けれど鉄のような匂いのする血。
「はっ…はっ…い、いや…!」
私は、声にならない叫びを上げた。その声は、掠れて、悲鳴のようだった。
呼吸が荒くなる。
記憶が、津波のように押し寄せてくる。両親を弄ぶ鬼の姿、父の最期の言葉、そして、母の血に染まる着物。
私は、憎悪に駆られて、無我夢中で日輪刀を振るった。鬼を斬り、その肉片を切り刻んだ。しかし、両親は、もういない。父の温かい手も、母の優しい手料理も、もう、二度と触れることはできない。
その事実に、私の心は、冷たい氷のように固まっていく。
「…知令さん、お目覚めになられましたか?」
優しい声が聞こえ、振り返ると、そこには、白い着物を着た女性が立っていた。胡蝶しのぶさんだ。彼女の笑顔は、いつもと変わらない。
けれど、私の心は、その笑顔に何の感情も抱くことができなかった。
「ここは、蝶屋敷です。あなたは、あの任務の後、煉獄さんたちが保護し、ここに運んできました。10日間意識を失っていたんですよ。」
しのぶさんの言葉に、私は何も答えられなかった。私は、鬼殺隊士として、あの任務に赴いたはずだった。しかし、私は、両親を、守れなかった。私は、鬼殺隊士として、失格だ。
「…私は…」
私は、言葉を紡ごうとした。しかし、喉が張り付いたように乾いていて、声が出ない。
「ゆっくりで大丈夫ですよ。今は、ご自分の体を休めてください。」
しのぶさんは、そう言って、私の額に、冷たいタオルを置いた。その感触は、私の心を、まるで氷の刃で突き刺すように冷たかった。
私は、ただ、布団の中で、静かに涙を流した。父と母の血の色が、私の目に焼き付いていた。決して消えることのない、父と母の記憶。
