第10章 父との約束、母の温もり
ふと思い出したことがある。
「知令、お前は優しすぎる。その優しさが時に己を苦しめることもあるだろう。」
それは、私が鬼殺隊に入隊する前の、まだ世間知らずのお嬢様だった頃の父の言葉だ。
春の穏やかな日差しが差し込む庭で、私は父と向かい合って座っていた。父は、私の手から、そっと一輪の撫子の花を受け取ると、静かにそう言った。
「…お父様…?」
私の問いかけに、父は微笑んだ。その瞳には、深い愛情と、そして、どこか寂しげな光が宿っていた。
「お前はいつも誰かを思いやり、誰かのために尽くそうとする。それは、とても美しい心だ。だが、この世には、お前の優しさを食い物にする者もいる。」
父の言葉には重みがあったが、私は、何も答えなかった。
「大切なものを守るためには、時には心を鬼にすることも必要だ。優しさだけでは、大切なものは守れない。憎しみや、怒りといった、お前が最も嫌う感情も、時には力になる。」
父の言葉は、当時の私には、到底理解できないものだった。
私は、手を止めて、父の顔を見つめていた。
「…お父様…私は…」
「いいんだ。今は分からなくても、いつか分かる日が来る。その時まで、この言葉を胸に刻んでおけ。」
父は、私の頭を優しく撫でると、静かにそう言った。
「そして、知令。覚えておけ。何があっても、生きていてくれ。それが私との、たった一つの約束だ。」
父の言葉は、理解が出来なくても、私の心に深く刻み込まれていた。裕福な商家の一人娘として何不自由なく育った私にとって、「心を鬼にする」という言葉の意味は、鬼殺隊士として任務にあたる今でも、どこか遠い世界のことのように感じていた。
人間にも鬼にも寄り添う隊士としてありたいと思ったからだ。