第9章 透き通るは昔の記憶
隊士なって半年が過ぎた。
任務の知らせは、いつも突然にやってくる。
私の鎹鴉、銀次郎は、私の肩に止まると、けたたましく鳴いた。
「知令!知令!次の任務は、西の山奥だ!鬼の気配が強いぞ!お前のような令嬢には、恐ろしくて夜も眠れまい!」
私は、銀次郎の言葉に思わず眉をひそめた。
「銀次郎…もう、鬼が恐ろしくて眠れないなどということはないよ。任務は真面目に全うします!」
「ケッ!強がっている!その顔、正直だぞ!お前は真面目すぎて面白くない!」
「うるさいですよ。」
銀次郎は、私の言葉を全く聞く耳を持たず、勝手に話を進めていく。
私は、彼の言葉を無視し、黙々と任務の準備を整えた。
今回の任務は、かなり危険なものだ。
西の山奥へ向かう道中、私は、一つの気配を感じた。
それは、まるで深い霧の中にいるかのような、掴みどころのない、淡い気配だった。
…そして、その気配の先には、一人の少年が立っていた。
私よりも幾つか年下に見えるその少年は、黒く長い髪を揺らし、ぼんやりと空を見上げている。
彼は、私が近づいても、全く私に気づいていないようだった。
「…あの、初めまして。あなたも、今回の任務で派遣された方ですか?」
私が声をかけると、少年はゆっくりと私の方を見た。
しかし、その瞳には、私の姿は映っておらず、まるで遠い空の彼方を見ているようだった。
「…えっと、誰だっけ…?君、もしかして、あの…」
彼は、私の名前を思い出そうとしているようだったが、すぐに諦めた。
「…まあ、いいや。どうでもいいことだ。」
彼の言葉に、自分の存在感が薄いことを自覚した。
ここまで露骨に「どうでもいい」と言われたのは初めてだった。
「…えっと、私は、愛染知令と申します。今回の任務にご一緒させていただきます!」
すると、少年は、再び私の顔をじっと見つめた。
「…ふーん。知令、か。…僕の名前は、時透無一郎。霞柱だよ。」
彼の言葉に、私は驚いた。
若くて、ぼんやりしていそうな彼が、柱の一人だったなんて、全く知らなかったから。
私は、慌てて頭を下げた。
「…申し訳ございません! 時透様だと存じ上げず…!」
「…いいよ。どうでもいいことだ。」
時透様は、そう言うと、再び空を見上げ、ぼんやりと呟いた。