第8章 蛇の恋色、愛の色
夜の山道を、私は独りで歩いていた。
任務の知らせは突然で、指定された場所は深い山奥。鬼の気配は感じられないが、どこか不穏な空気が漂っている。私の鎹鴉、銀次郎が肩で小刻みに震えているのが分かった。
「銀次郎、大丈夫。蜜璃様も一緒だから、きっと大丈夫…。」
「ケッ、お前の方が怯えてるじゃねぇか。情けねぇなぁ。」
銀次郎の頭を優しく撫でる。夜の山道は熊とか出るから怖い。
怯えながら進んでいると、不意に目の前の木立の影から、二つの気配が現れる。
一つは、優しい、花の蜜のような甘い香り。
もう一つは、鋭く、研ぎ澄まされた刃のような冷たい気配。
現れたのは、柱の二人だった。
一人は、私が敬愛する師である、恋柱・甘露寺蜜璃さん。
もう一人は、包帯で顔の半分を覆い、鋭い眼光を放つ男。肩には、白い蛇が絡みついている。蛇柱・伊黒小芭内さんだ。
「あら、知令ちゃん!よかった、無事で合流できたわ!」
蜜璃様は、私を見るなり、花が咲くような笑顔で駆け寄ってきてくれた。
「蜜璃さん〜っ!ご無沙汰しております!」
「さっき、知令ちゃんが来るって聞いて、伊黒さんと一緒に待っていたの! 少し遅くなったから心配してたのよ!」
彼女の朗らかな声に、私の緊張は一気に解けていった。蜜璃さんが継子として私を拾ってくださってから、こうして二人で任務にあたるのは初めて。蜜璃様の優しい笑顔に救われた。
「蜜璃さん、ごめんなさい。道中、少し手間取ってしまいました。」
蜜璃さんの隣にいた伊黒さんが、鋭い視線で私を睨みつける。
「…貴様、蜜璃を待たせるとは、どのような了見だ。継子であろうと、下賤な者に無礼は許されない。」
「ひぇっ…」
彼の声は、蛇のように低く、冷たかった。彼の威圧感に、私は身をすくめてしまった。伊黒さんが蜜璃さんを大切に想っていることは、私も知っている。だからこそ、私のような者が、彼女の隣にいることが許せないのだろう。
「…申し訳ございません。以後、このようなことがないよう、精進いたします!」
私は、震える声で、しかし、はっきりとそう告げた。