第14章 簪【宇髄編 第1話】
薄曇りの午後。蝶屋敷の一室に、薬草の匂いと消毒液の清涼な香りが満ちていた。
布団の上に横たわる知令は、まだ身体を起こすのも辛い状態で、掛け布団の中に細い腕を沈めていた。
障子が軽く開き、鮮やかな羽織と派手な耳飾りが視界に差し込む。
宇髄天元が大股で入ってくると、部屋の空気が一瞬で変わった。
「よぉ、地味な顔して沈んでるな。ま、命があるだけで派手に運がいいと思え。」
その軽口に、知令はわずかに眉を動かす。だが、声は掠れてうまく出ない。
宇髄は椅子に腰を下ろし、じっと彼女の表情を観察した。
「……泣くなとも言わねぇし、忘れろとも言わねぇ。親を失った痛みなんざ、そんな言葉で片づけられるもんじゃねぇからな。」
派手な口調のまま、しかしその声音には鋭い静けさが混じる。
知令の喉が詰まり、やっと声が漏れた。
「……全部、私のせいです。1番守らなければならなかったのに…守れなかった……」
握った拳が震え、白い布団をしわくちゃにする。
宇髄は深いため息を吐き、背もたれに身を預けた。
「自己憐憫に溺れるのもいいがな……それだけで終わるなら地味すぎる生き様だ。親の死を抱えてなお、どう生きるかだろうが。」
彼の片目が鋭く光る。けれどもそれは叱責ではなく、導くような視線だった。
「…家族を失う喪失感は一生消えねぇ。だがな、それを抱えてなお前は戦えるはずだ。…あの時、俺と並んで剣を振ったようにな。」
知令の瞳が揺れ、潤んだまま宇髄を見た。
あの夜の共闘――短いながらも確かに心を支えた瞬間を思い出す。
「……私に、まだ……戦える力が、あるでしょうか。」
小さな問いに、宇髄は口角を上げて笑った。
「あるさ。無けりゃ俺が派手に引きずり上げてやる。お前は死に損なったんじゃねぇ、生き残ったんだ。生かされた命なら、どう使うか見せてみろ。」
知令の頬を一筋の涙が伝う。
その涙を見て、宇髄は立ち上がり、障子に手をかける。
「泣いて力になるなら、いくらでも泣け。だが最後は笑って剣を振れ。……それが、派手に生きるってことだ。」
振り返ることなく去っていく背中が、いつも以上に大きく見えた。
残された知令は、静かに瞳を閉じ、布団の中で震える手を強く握りしめる。