第13章 気まぐれ【不死川編 第1話】
やがて、蝶屋敷の廊下に看護師の足音が近づいてきた。
不死川は小さく舌打ちをすると、立ち上がり、袖を払った。
「……もう休め。俺は行く。」
急に離れてしまう温もりに、知令は思わず袖口を握ったまま小さな声を漏らした。
「……えっ……もう少しだけ……」
振り返らずに、不死川は吐き捨てるように言った。
「ガキかお前は。俺に甘えてばっかじゃ、また無茶すんだろうが」
きつい言葉に、知令は唇を噛んで手を離した。だがその顔には、ほんの少し名残惜しさと、彼に頼りたい気持ちがにじんでいる。
不死川はそんな彼女の表情を横目に捉えると、ほんの一瞬だけ目を伏せた。
そして低く、不器用に、ぽつりと告げる。
「……次も絶対、生きて帰ってこい。……死んだら俺が許さねぇ。」
その一言を残すと、彼は大股で廊下を歩き去っていった。
知令が小さな声で「……はい、不死川さん」と答えるのを背に受けながら。
角を曲がり、彼女の姿が視界から消えた瞬間。
不死川はふと立ち止まり、ぐっと拳を握りしめた。
「……ったく……なんであんな顔すんだよ……」
吐き捨てる声とは裏腹に、耳の先まで真っ赤に染まっている。
自分でもどうにもならない感情に苛立ちながらも、口元が僅かに緩んでしまう。
「……調子狂わされっぱなしだ……クソが……」
そう呟き、まだ熱を帯びた耳を隠すように首をすくめながら、不死川は夜の蝶屋敷を後にした。