第12章 紅色の瞳の先【煉獄編 第1話】
家の屋敷が血に染まった日から数日、知令は蝶屋敷の一室で静かに横たわっていた。両親を目の前で失った衝撃、そして復讐心に駆られて解き放たれた自分の力───狂気の中で振るった日輪刀の感覚が、まだ身体に残っている。
「…目を覚ませ……」
重い声と共に、扉が開いた。煉獄杏寿郎がいつもの鮮やかな笑みではなく、真剣な表情で室内を見渡す。
知令はかすかに目を開け、薄れた意識の中でその姿を認める。温かい陽のような男─────その存在だけで、胸の奥が少しだけ落ち着くのを感じた。
「愛染少女。…お前の様子を確認せずにはいられなかった。」
煉獄の瞳は、炎柱としての熱を帯びながらも、優しさを宿している。知令の震える手が布団を握りしめ、自然と身体を丸めた。
「……私は……もう、どうしていいかわからなくて……」
小さな声に、涙が一粒頬を伝う。煉獄はそっと膝をつき、手を伸ばしてその肩に触れた。荒く温かい手のひらが、心の奥に沈む不安をほんの少し溶かす。
「無理に強くなろうとする必要はない。お前は今、深く傷ついたばかりなんだ。」
言葉は簡素だが、どこか火のような力強さがある。その安心感に、知令の胸の奥で震えていたものが、少しずつほどけていく。
知令は小さくうなずき、目を閉じる。血に染まった記憶がフラッシュバックするたび、身体がぎゅっと縮む。だが、煉獄の熱い手と温かい視線が、それを抑えてくれる。
「……煉獄さん」
震える声が夜気に溶け、静かな部屋に響く。
「お前の心が落ち着くまで、俺はそばにいよう。」
彼の言葉は、決して押し付けがましくないが、揺るがぬ決意を帯びていた。知令は胸の奥に小さな灯を感じ、少しずつ涙を拭いながら、心の重さを分かち合える存在がいることを知る。
しばらくの沈黙の後、煉獄はそっと布団を整え、手を彼女の肩に軽く置いたまま微笑む。
「……俺達は、お前を失いたくない。」
知令はその言葉に、目に力を取り戻し、胸の奥の震えが、ほんの少し希望に変わるのを感じた。