第2章 夢魔と少女の話【R18】
私は幼い頃から不思議な夢を見ることが多かった。煉瓦造りの家、活気づいた市場、広がる森と湖。ドレスを着たお姫様、剣を携えた騎士様、ローブを纏った魔法使い。まるでおとぎの国の世界。
空から見下ろしたり、はたまた地上を歩いたりするが夢なのに干渉することは出来ず見ているだけの、楽しいけれど物足りない夢だった。
未だにそんな夢をしょっちゅう見る。もうおとぎ話に思いを馳せるような歳じゃないのに。
いつからかノートにつけている夢日記──夢の内容をメモしたもの──を閉じて部屋のライトを消した。ベッドに横たわると瞼が重くなりあっという間に眠りに落ちた。
*
冷たい空気に身震いしぱちりと目を開ける。辺りはまだ暗い。静かな部屋を月明かりがぼんやりと照らしている。
「あれ、ここは……」
私の部屋じゃない。でもここはよく知っている。石造りの壁、木の床には青い絨毯が敷かれている。天蓋付きのベッドと小さな机と椅子が置かれた簡素ながら女の子らしい部屋だ。
小高い丘に建っていて窓からは木々と街並みが見下ろせた。
私は欠伸をひとつ零すと天蓋付きのベッドに潜り込んだ。夢の中で眠るなんて変なの、と思いながらもすぐに瞼は重くなり暗闇に沈んでいった。
ぼんやりと誰かの声が聴こえてくる。眠りについてそれほど経っていないように感じるけど、もう朝だろうか。
何を言っているのか聞き取れない。けれど、その声は段々と近くハッキリとしたものになる。
「名は?」
耳元で聴こえた声に飛び起きた。辺り一面深い闇。一体どこから聴こえたのかと辺りを見渡すけれど、漆黒が拡がるばかりで何も見ることは出来ない。
恐怖を感じたその時、背後に気配を感じた。が、時は既に遅し。誰かに後ろから腰に腕を回されて逃げることは叶わない。握った両の拳を男のものと思わしき腕に打ちつける。ビクともしないそれは暴れる私に身動ぎひとつせず、もう一度、冷淡な声で名を問うた。
先程よりも低いその声に、背筋が凍りつく。本能が危険だと囁いている。震える唇からほんの小さな声が漏れた。
「……」
「、か。珍しい名だな」
「あなたは、誰?」
男は愚問だと言うように鼻で笑う。指を鳴らす音が闇に響き渡ると、景色は一変し明るくなった。天蓋付きのベッドに横たわる私。視界には天井と黒髪の男。突然のことに目を見開くばかりだった。
