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日輪に溺るる

第2章 昇陽を待つ


「元就様。世鬼政時、任を終え帰参致しました」

「入れ」

行燈の光が元就様の影を作り出す。そして同時に、私の存在を克明に映した。短い返答を受け、主君の御寝所へと踏み入る。既に長襦袢をお召しになられているところを見るに、床に就く前であった御様子。
跪き、頭を垂れ、常の通り成果を報告する。暗闇に潜ませた醜怪さを、日輪が照らし尽くしてしまう事のないように。

「して、彼の者は如何した」

「は、御命令の通り、家中で大事にならぬよう事終えております。明日にも急逝の旨が伝えられる事かと」

簡素な答えに元就様は何を返す事もない。細く息を吐き、ゆっくりと瞬いた双眸の先に何が映るのか、私にはその一端を垣間見ることも出来ない。暫しの無言の後、元就様が御声を掛けられたのは外に控える不寝番。その意図を読む間もなく、主の御言葉が続けられる。

「誰ぞ、湯桶と膏薬を」
「井上は確かに毛利の重臣。然れど、武功を立て得た地位ではない。よもや其方が、そう易く彼奴に傷を負わされるとは思えぬ」

そこまで聞き、ようやっと頬の傷に思い至った。刃で切り刻まれたわけでもない擦り傷とはいえ、血腥い場を好まぬ元就様には不快であったはず。元より主君に誇れるような傷ではない。片手で傷跡を隠し、端的に釈明をする。

「申し訳ございません、お見苦しいものを。ただ……事切れたかを見に寄ったところ、まだ息があったようでその時に。油断をしておりました」

人間をどのように殺したか。それを詳らかにする事はなく、我々を使う側である貴方様が知る必要も無い。それ以上の口を噤む私に、尚も言葉を続けんとなさる元就様を、使いから戻った不寝番の足音が遮った。
湯桶と膏薬、いずれも傷病治療の常套である道具達を主君自ら御用意下さるとは。忍という身分には有り余る処遇に思わず息をつく。元就様は不寝番と二言三言交わした後、それらを抱え私の前に座した。
けれどそのまま治療具が私に渡る事はなく、元就様の手によって手巾が濡らされた時、私は弾かれた様に声を上げた。

「なりません、元就様! 主である貴方様に、金創医の真似事等……!」
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