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日輪に溺るる

第1章 日輪を翳らす者


身体を開く。
その行為への抵抗は、とうの昔に消えてしまった。褥を共にする事は、私にとって嬰児を生すという意味を持たず、ましてや享楽に耽り色に狂う為のものでもない。ただ、一人の人間を体よく始末する手段の一つ。
密殺の下命でなければ、誰がこのような漁色家と。否、尤も元就様にとっては、斯様な形で遂行されるとは懸念もないこと。それで構わない。崇高なるあの御方が、醜悪で下劣な行いに、その御心を砕く必要は一欠片も無いのだから。
節榑立った指が、無遠慮に肌を滑る不快感を忘れる為の黙想。それを打ち破らんと、横溢する色情を隠さない息遣いが私に纒わりついた。
――頃合か。
舌裏に隠した毒薬を確かめた。噛み砕いて、何も知らないこの男の口へ流し、その末期を見届けるのみ。早々にこの茶番を終わらせるべく、濡れた声音で懇願した。

「……井上様、どうか私めに口吸いを。貴方様が欲しいのです」

腕を絡ませ脣を開けば、彼方が勝手に寄ってくる。まるで、光に群がる羽虫の如くに。猥雑で耳障りな音が響く中、砕いていた毒を男の咥内へと吐いた。睡液と混じり溶けるそれは、程なくして男の身体を蝕む。苦悶の表情が死への恐怖へと変わりつつあるのを見、私は男の身体を押し退けた。

「悦楽と苦痛は紙一重、と一説にはあるようです。息絶える頃には、あるいは忘我の悦に浸れるやもしれませんね」

乱れた着衣を直し、手の甲で脣を強く拭う。元就様の御前にて、この男の残香を少したりとも纏うつもりはない。元就様に仇なす存在は、その痕跡すら近付けさせない。
男の呻きと、苦しみから畳を掻き毟る音、それらは全て夜闇に吸われ消えていく。男の息が浅くなり、両の目に鈍りが見える頃、男の傍へと寄りささめいた。
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