第12章 執着の果てに
ソファに沈み込み、荒い呼吸を整えることもできないまま彼女はただ呆然と天井を見上げていた。
身体は重く、震えが止まらない。
汗と涙と熱に濡れた肌が、まだ彼の指と舌と熱を思い出し、どうしようもなく震えている。
そのとき――
ピンポーン。
乾いたチャイムの音が、異様に大きく響いた。
彼「……チッ……。」
覆いかぶさっていた元カレが舌打ちを漏らし、面倒そうに身体を起こす。
彼は彼女の乱れた身体を一瞥すると苛立ちを隠しきれない顔でシャツのボタンを2つ留め、玄関へ向かっていった。
彼「……誰だよ、こんなタイミングで……。」
彼女はソファに崩れたまま、か細い声も出せない。
ただ心臓だけが早鐘のように打ち、嫌な予感が全身を駆け巡る。
玄関のドアが開く音。
そして次に聞こえたのは――
甚「……は?」
低く短い声。
その響きに彼女の体が大きく震えた。
聞き慣れた、しかし今この状況では絶対に聞かれたくなかった声。
「……甚爾…………。」
名前を呼ぶより早く、玄関の方から重い足音が響き室内の空気が一変した。
甚爾が立っていた。
ドア口に仁王立ちし、険しい顔で中を見据えている。
彼「おい……なんだよ、てめぇ……。」
苛立ちを隠さず睨み返す元カレに、甚爾は視線すら向けなかった。
甚「……。」
ただ、ソファに崩れている彼女の姿を見た瞬間その双眸に冷たい光が走る。
乱れた衣服、濡れた涙の跡、震える指先。
状況を理解するのに、言葉は要らなかった。
甚「……お前、何やってんだ……。」
低い声が、室内に落ちた。
刃のように鋭い音色だった。
「……っ、ちが……。」
彼女が必死に声を出そうとしたが、喉が詰まってうまく言葉にならない。
代わりに元カレが苛立ったように口を開く。
彼「……関係ねぇだろ、あんたに。ここは俺と彼女の問題だ。」
甚爾の眉がわずかに動いた。
甚「……は?」
今度の“は?”は玄関先で洩らした呟きよりも遥かに重く、殺気を孕んでいた。
次の瞬間、甚爾は迷いなく部屋の奥へと足を踏み入れた。