第5章 ウンドウ
『はい、出久』
「ありがとう、渡橋さん」
『いーのいーの、帰る方向ほとんど同じなんだから』
体育祭が終わり、HRも終わった僕たちはまっすぐ帰路へ。僕の両腕が包帯ぐるぐる巻きて不便そうだからって渡橋さんが一緒にいてくれている。
駅を出ると見慣れた街並みが夕陽に照らされていた。
『ところでいつになったら私のこと名前で呼んでくれるの?』
「ぇえ!?あ、あの、それは…」
『ん?』
「き、緊張するよ…」
『えー?』
立ち止まり俯く僕を、渡橋さんが振り向く。少し不思議そうに眉毛を傾けながら微笑んでいる。夕陽に照らされた彼女の顔を見て、僕は、あぁ、なんて綺麗な人なんだろうと改めて思った。
『出久とは、勝己の次に付き合い長いだけどな』
そう。いつだって、渡橋さんにとって僕はかっちゃんの次な存在。僕が数年前に抱いたあの恋心は、僕は彼女にとっての1番になれないと知った時に心の奥底にしまい込んだ。それでも、こうやってたまに頭を覗かせることがある。
だめだ。僕は、僕なんかは恋も夢も、全てを手に入れるなんて。
『それに、秘密を共有する仲だし』
ニシシっと笑う彼女の笑顔にまた見惚れそうになった。
ワンフォーオールの秘密を彼女に共有するようになって、何かとさりげないフォローをくれるようになった。僕がクラスメートに個性について聞かれてあたふたしていると話をうまく逸らしてくれる。
そうだ。今、この秘密を共有している間は。1番も2番もない。
僕らは、
「そう、だね。ありがとう、芹奈さん」
絆で結ばれた、大切な友人じゃないか。
『ふふっ休み明けまた名字呼びに戻ってないといーけどっ!』
「うっ気をつけるよ…」
僕らは夕陽に照らされた道をなんでもない話をしながら歩いた。この時間が、いつまでも続いたら良いのに。
「やだっ!芹奈ちゃん!出久の介抱させちゃって悪かったね!あ、ちょっと待ってて!今日買ったお茶菓子あるからもらってってー!」
『…家近所だからそんな気にしなくて良いのに。出久ママはいつでも天真爛漫だねぇ』
結局玄関まで着いてきてくれて、袋いっぱいに詰まったお菓子を抱えて芹奈ちゃんは笑顔で帰って行った。