第8章 ケンゼン
『はいあーん』
「あ、あー…ん」
『美味しい?』
「あぁ。美味しい…が」
『が?』
「どうして君はそんなに冷静でいられるんだ」
夕飯を看護師さんたちが運んで来てくださったので例によって私は飯田くんに食べさせている。両腕怪我しているんだから仕方ないのだけど。
「こういう、アーンというのは交際している男女間で行うものではないのか??」
『んーそうなのかな。お母さんが赤ちゃんにアーンしてあげるケースもあるでしょ』
「僕は赤ちゃんではない!」
『はいはい。両腕怪我してる坊ちゃんは大人しく人の言うこと聞いてまんま食べましょうね〜』
夕飯を食べさせ始めてから顔が真っ赤だよ飯田くん。ピュアボーイめ…
向こうにいる出久も何故か顔が真っ赤になっている。轟くんはいつも通りだけど。
「っ!だからっ!僕はっ!」
『じゃあどうする?アーンが嫌なら口移しでもする?』
「っっっキミは!!!じょ、冗談もほどほどにしたまえ!!!」
『ん』
試しにサラダのレタスを咥えてみると更に顔が赤くなり原理はわからないがメガネのレンズが真っ白く曇った。
全く…揶揄い甲斐のある委員長だこと…
「渡橋クンっ!?」
『ごめんごめん。冗談だから。さっさと全部食べちゃおう
食べないと元気も出ないし』
やっと大人しくなった委員長に再びアーンを再開すると出久から湯気が昇っているのが視界に映った。いや本当にナードだな君は。
「なぁ芹奈」
『んー?』
飯田くんの食事が済んだので食器をまとめて返しに行こうとしていると、後ろから突然声をかけられ、振り返った。
『……ん?』
突然口を塞がれこじ開けられたと思ったら桃の味のするゼリーが流れ込んできた。
「うまいか?」
『…う、うん』
ぼーっとした頭で食器たちを持って廊下に出たが、背後の病室が何やら騒がしい。
なんだったんだ…?
「と、轟くんっ!?な、何してるの!?!?!」
「き、君たち何と破廉恥な!!!」
「あいつ、口移しして欲しかったんじゃねーのか」