第8章 『 距離 』
鶴丸国永side
……妙だ。
本丸が落ち着いてからというもの、どうにも調子が狂っている。
いや、正確には――俺自身が、だ。
主が視界に入るたび、一拍、間が空く。
声を掛けようとして、何を言うつもりだったか忘れる。
(なんだこれ)
以前なら、考えるより先に口が動いていた。
驚かせて、笑わせて、場を和ませる。
それが俺の役目で、それでよかった。それなのに。
主が笑うと、胸の奥が、ほんのり熱を持つ。
主が無理をすると、驚かせるより先に止めたくなる。
(……らしくないな)
自覚した瞬間、少しだけ、怖くなった。
鶯丸に声をかけたのは、縁側で茶を飲んでいた時だ。
「なあ、鶯」
「なんだ」
「最近さ……」
言い淀む。
(どう言えばいい)
「……主を見てると、落ち着かない」
鶯丸は、湯呑みを置いた。
「それは、悪いことか?」
「分からない」
正直に答える。
「驚かせるのが仕事なのに、主の前だと、変な遠慮が出る」
鶯丸は、少しだけ目を細めた。
「それは、相手を大切に思っているからだろう」
「……大切?」
「茶を丁寧に淹れる相手と、雑に淹れる相手は違う」
「主は、前者だ」
胸に、すとん、と落ちる。
(……あ)
その夜。
一期一振を、廊下で呼び止めた。
「一期」
「はい、鶴丸殿」
「……変な質問していいか?」
「構いませんが?」
「俺さ……主が、他の誰かと話してると、ちょっとだけ、気になるんだよな」
一期は、一瞬、言葉を選んだ。
「それは……独占欲、というものかもしれませんね」
その言葉で、全てが繋がった気がした。
「急に呼び止めてすまない」
「お気になさらず、では」
――夜。
布団に横になっても、主の顔が浮かんだ。
ホットミルクを渡した時の、安心した表情。
月を見上げる横顔。
(……ああ)
ようやく、分かった。
これは、驚きじゃない。
戸惑いでもない。
「……参ったな」
小さく、笑う。
「俺が、主に恋をするなんて」
刀が、人を想う。
軽い気持ちで済むはずがない。
守りたい。
傍にいたい。
失いたくない。
(……でも)
それを、どう扱えばいいのか。
鶴丸国永は、まだ知らない。
ただ一つ、確かなのは。
主を前にすると、驚かせる役を忘れてしまうほど、大切になってしまった――という事実だけだった。