第2章 『 後任審神者 』
「―主!」
背後から、切羽詰まった声が飛ぶ。
次の瞬間、強い風が巻き起こった。
振り返るより早く、目の前に影が差し込む。
「失礼いたします!」
高身長の近侍が、私と大広間の間に滑り込むように立った。
その動きはあまりに素早く、ほとんど反射のようだった。
「これ以上は、お控えください」
低く、しかしはっきりとした声。
その背中越しに、先ほどの刀剣男士の気配が膨れ上がるのを感じる。
「……下がれ」
苛立ちを含んだ声が…響く。
「貴様とて許さんぞ。主に、刃を向けるつもりか」
近侍は一歩も退かなかった。
「ここは本丸。
たとえ貴方であっても、主を害する行為は許されん」
空気が、張り詰める。
私は、ただ立ち尽くすしかなかった。
背中を預ける形になって初めて、近侍の存在が、これほど大きかったのだと知る。
「……新たな主が、気に入らぬ」
低く唸るような声。
「だが」
一拍置いて。
「ここで事を荒立てれば、本丸そのものが危うくなる」
近侍は、静かに言葉を重ねる。
「引き継ぎは、まだ終わっていません。
今は、試す時ではなく、守る時です」
長い沈黙。
やがて、張り詰めていた気配が、わずかに引いた。
「……ふん」
鼻で笑うような音。
「情に流されるな、近侍」
「情ではありません。責務です」
即答だった。
再び、静寂が落ちる。
私は、背中越しに、そっと息を吐いた。
「……すみません」
思わず、近侍の背に向かって呟やいた。
「後で」
短く、それだけ返ってきた。
近侍は、ゆっくりと私の方へ振り返る。
「主。今は、一度お部屋へ」
その声は、先ほどまでとは違い、驚くほど柔らかかった。
「ここは、私が引き受けます故」
……この人は。
何も知らない私を、“主”として、すでに守ろうとしている。
そう気づいた瞬間、胸の奥が、少しだけ熱くなった。
私は小さく頷き、近侍に促されるまま、その場を後にした。
背後で再び、刀剣男士たちのざわめきが起こる。
けれど――
もう、さっきほど怖くはなかった。