第10章 『 主と刀である前に 』
夢の中は、相変わらず暗かった。
誰かの泣き声がする。
自分のものなのか、他人のものなのかもわからない。
「……愛して……」
耳元で、確かにそう囁かれた気がして、私は思わず後ずさった。
足元に転がっているのは、血に濡れた刀。
何本も、何本も。
折れた刃の先に映っていたのは――私の顔だった。
「違う、私は……!」
声を出したはずなのに、音にならない。
口を開けば開くほど、喉の奥に黒いものが詰まっていく。
助けて、と言いたかった。
誰でもいいから、名前を呼んでほしかった。
その瞬間。
「主!!」
強く、現実の声が重なった。
肩を揺さぶられる感覚。
畳の匂い。
障子越しの朝の光。
「……っ」
私は大きく息を吸い込み、勢いよく上体を起こした。
目の前にいたのは、見慣れた紺の装束。
「……長谷部……さん?」
「はい。へし切長谷部です。……また、うなされておられました」
長谷部はそう言いながら、いつもより少しだけ近い距離で正座していた。
その表情は、いつもの冷静さよりも――わずかに不安が滲んでいる。
「……何度も、名前を呼ばれていました」
「……誰の?」
「……それは……」
一瞬、言葉に詰まる。
「……鶴丸の名を」
その名前を聞いた瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
夢の中で呼びたかったのは結局――あの声だったのかもしれない、と。