第21章 誤魔化し
あのいつもの柔らかな微笑み。
だが今は、支配者の顔だった。
悟「ほら目、逸らさないで。逃げたら、もっと意地悪するよ?」
悟の唇が頬に触れようとした、そのとき――
男「すみませ〜ん、ここ使ってますか?」
明るい声と共に、会議室のドアが開いた。
先輩社員が2人、予定より早く部屋を借りに来たらしい。
「……あ、ごめんなさい。すぐ空けます。」
女はその一瞬の隙を突くように、さっと身体を引いた。
悟も悠仁も無理には引き留めない。
だがその目には、はっきりと“逃げられた”という色が浮かんでいた。
会議室を出た瞬間、心臓が暴れるように脈打ち始めた。
冷や汗が背中を伝う。
助かった、けど――
まだ、終わっていない。
彼らの視線は、明らかに彼女を“逃さない”つもりだった。
そして何よりも怖かったのは……
自分の中にあった、一瞬のときめき。
悟の唇が近づいたとき、ほんの僅かに期待してしまったこと。
甚爾の熱がまだ身体の奥に残っているのに、悟と悠仁に惹かれてしまいそうな自分。
(……どうして、私は……。)
頭の中が混乱していた。
ただ1つわかっていたのは――
この3人の間で、もう何かが引き返せなくなっている、ということだった。
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湿気を含んだ夏の夜風が、髪を頬に貼り付ける。
営業帰りの女は疲れた足を引きずりながらも、隣を歩く悠仁のペースに合わせていた。
悠「ねぇ、……あの日のこと、話してくれる?」
駅へと続く大通り。
唐突な問いかけに、女の足が一瞬止まる。
けれど悠仁は振り向かず、そのまま前を見ていた。
悠「飲み会の日。五条さんに“何か”されたでしょ。……それに、知らない男に連れてかれてた。」
声は静かだったが、その奥にあるものは怒りに近い苛立ちだった。
女は答えに詰まり、ぎこちなく笑う。
「別に……何もないよ。ただの冗談……っぽい、ノリっていうか……。」
悠「冗談、ね」