第3章 新生活
一足先に食べ終わった邪視がじっと私を見ている。
何か言いたげな視線だ。
「どうしたの?」
「遅い。もう食べ終わったか?」
「あなたが早いのよ、もう少し待てる?」
「早くしろ。退屈じゃ」
「急かさないで、頑張って食べるから」
邪視は不機嫌そうに机に肘をつき、それでも大人しく待っていてくれた。
ようやく食べ終わると邪視は待ち兼ねたと言わんばかりに私の手を取り、店を飛び出した。
「ちょっと待って邪視!どこ行くつもり?」
慌てて追いかけようとすると、邪視は立ち止まって私を振り返った。
「決まっておらん。じゃが、ここに居るのは飽きた」
「…邪視、ごめんね。本当ならもっと楽しいところにあちこち連れて行ってあげるべきなのに…」
日々学業とバイトに忙しい身とはいえ、私自身あまり身体を動かして遊ぶような場所に行ったことがなく、邪視の好みそうなところがいまいち思いつかないのだ。
申し訳なくて俯いていると、突然頭にぽんと邪視の手が置かれた。
「そんな顔をするな。お主と一緒ならばどこでもいい。今日はまだ始まったばかりじゃろう」
邪視は呆れるような笑い混じりで優しい声色で語りかけてくれる。その言葉が胸に響く。邪視は素直な性格じゃないけれど、思いやりのある優しい子だ。私は泣きそうになりつつも微笑んで、「ありがとう」と呟いた。
次の目的地はどうしようかな。
ふと、多少身体を動かせそうな場所を思いつき、提案する。
「邪視、海に行ってみる?電車で少し出れば海まで行けるんだけど…今の時期は泳げないけど、水辺で遊んだりはできるわ。」
「うみ?」
「えっと…すごーく広くて綺麗なところよ。砂浜で走り回ったり、運が良かったら色んな生き物も見られるかもね。水場が嫌いじゃなければどう?」
「よく分からんが行ってみよう」
目的地が決まったので、駅に向かって歩き始める。
そういえば、よく考えたら邪視は電車に乗るのも初めてよね。
周りの迷惑にならないように気をつけないと…
「邪視、今から電車に乗るけど、中で歩き回ったり大きな声を出したりしたらだめよ。静かに乗っていましょうね。」
「分かったじゃあ」
良い返事が返ってきたものの、本当にじっとしていてくれるかしら?
一抹の不安を抱えながら2人分の切符を買い、改札を通った。