第2章 青の時代 〜忘れられないあの日の思い出 𝓟𝓪𝓻𝓽1〜
部屋の扉を閉めると、静寂が一気に戻った。
小さな机の上の桜の小枝の置物を見つめても、今日は何の慰めにもならなかった。
制服を脱ぎ、ベッドに潜り込むと、森の冷たさの代わりに思い出すのは、あの夜風の中也の体温だった。
「……中原……中也……」
名前を小さく呟くと、胸の奥がくすぐったくて、でも苦しくて、思わずシーツをぎゅっと握りしめた。
あの腕に抱き上げられたときの、空を飛ぶみたいな感覚。
誰にも言えない秘密みたいに、思い出すたびに心臓が跳ねる。
助けてくれた人。
自分を軽々と抱きかかえて、どこまでも遠くへ連れていってしまいそうな人。
名前を思い出すたびに、胸に小さく火が灯る。
(会いたい……)
思わず漏れた声を枕に顔を埋めて飲み込んだ。
怖いはずの高さも、冷たいはずの夜風も、その腕の中では全部平気だった。
(もう一度、会えたら……)
恋か憧れか分からない小さな想いがまだ熱の残る頬に伝わって、涙とも笑みともつかないものがそっと滲んだ。