第7章 欠けゆく月と君の隣で
「じゃあ−−−おかわり」
「え……」
言葉の意味を考える暇もなく、太宰がそっと唇を重ねた。
最初は触れるだけの軽い口づけ。
けれど香織の手が太宰のコートの裾をぎゅっと掴んだ瞬間、太宰の腕が背中にまわって、少し深くなる。
静かな波音に混じって、二人の吐息がほんのり夜気に溶ける。
離れると、香織の頬は真っ赤で、視線が少し泳いだ。
「……うぅ」
唇が少し潤んでいて、太宰は満足そうに笑うと、香織の髪に指を絡めてもう一度軽く額にキスを落とした。
「可愛い」
「可愛くない」
「可愛い」
「だから可愛くないってば」
「……好きだよ」
低い声で囁かれた一言に、香織はたまらず太宰の胸に額を押し付けた。
胸の奥が熱くて、恥ずかしいのに嬉しくて、言葉にならない。
波の音が少し強くなる。
香織の肩に太宰の手が置かれ、夜風が二人をすっぽりと包んでいく。
「……帰りたくないなぁ」
「帰さないさ」
笑いながら太宰がそう言うと、香織は小さく笑って顔をあげる。
これ以上ないくらい甘い、秘密の時間が、二人だけの海辺で静かに続いていた。
その後、太宰は香織の肩をそっと抱いてタクシーに乗せた。
夜風に冷えた頬を、車内の暖かさがゆっくりと解かしていく。
「……太宰君」
「ん?」
香織は膝の上で握った手を見つめながら、小さな声で呟いた。
「……幸せすぎて、ちょっと怖い」
「まだ言ってるのかい」
太宰はため息交じりに笑うと、香織の頭をそっと撫でた。