• テキストサイズ

【第二章】ヨコハマ事変篇 〜ひとしずくの願い〜

第7章 欠けゆく月と君の隣で







「じゃあ−−−おかわり」

「え……」

言葉の意味を考える暇もなく、太宰がそっと唇を重ねた。
最初は触れるだけの軽い口づけ。
けれど香織の手が太宰のコートの裾をぎゅっと掴んだ瞬間、太宰の腕が背中にまわって、少し深くなる。
静かな波音に混じって、二人の吐息がほんのり夜気に溶ける。
離れると、香織の頬は真っ赤で、視線が少し泳いだ。

「……うぅ」

唇が少し潤んでいて、太宰は満足そうに笑うと、香織の髪に指を絡めてもう一度軽く額にキスを落とした。

「可愛い」

「可愛くない」

「可愛い」

「だから可愛くないってば」

「……好きだよ」

低い声で囁かれた一言に、香織はたまらず太宰の胸に額を押し付けた。
胸の奥が熱くて、恥ずかしいのに嬉しくて、言葉にならない。
波の音が少し強くなる。
香織の肩に太宰の手が置かれ、夜風が二人をすっぽりと包んでいく。

「……帰りたくないなぁ」

「帰さないさ」

笑いながら太宰がそう言うと、香織は小さく笑って顔をあげる。
これ以上ないくらい甘い、秘密の時間が、二人だけの海辺で静かに続いていた。
その後、太宰は香織の肩をそっと抱いてタクシーに乗せた。
夜風に冷えた頬を、車内の暖かさがゆっくりと解かしていく。

「……太宰君」

「ん?」

香織は膝の上で握った手を見つめながら、小さな声で呟いた。

「……幸せすぎて、ちょっと怖い」

「まだ言ってるのかい」

太宰はため息交じりに笑うと、香織の頭をそっと撫でた。





/ 77ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp