第7章 欠けゆく月と君の隣で
「綺麗だなって」
「バカ……」
カップを持つ手が赤くなっているのを、太宰だけが見て笑った。
帰り道、夕暮れの公園を歩く頃には、香織は紙袋と太宰の腕にしっかり捕まっていた。
「疲れた?」
「楽しかったけど、太宰君がずっと腕を掴んでるから逆に疲れる」
「だって離したらどこかに行ってしまいそうだろう?」
「行かないよ……」
香織はふっと小さく笑って、そっと太宰の腕に自分の額を預けた。
「……今日はありがとう」
太宰は香織の頭にそっと口づけて、くすぐったそうに笑った。
街灯がひとつ、またひとつ灯っていく横浜の夕暮れ。
いつもと違う穏やかな時間が、二人の足音を小さく吸い込んでいった。
夕暮れの公園を抜けて、二人はそのまま人気の少ない桟橋まで歩いてきた。
潮風が頬を撫でるたびに、香織の髪が太宰のコートの襟にふわりと触れる。
「こういうところ、来るの初めてかも」
小さな波音が二人の足元でささやく。
香織は桟橋の手すりに肘をついて、海を覗き込んだ。
太宰はすぐ後ろに立ち、香織の髪を指でそっとすくう。
香織が振り向く前に、その指先が首筋にかかって、少しだけくすぐったくて香織は小さく肩をすくめた。
「ん?」
「髪、海風で跳ねてる」
そう言いながら、太宰の指先が耳の後ろに髪をそっと流す。
それだけで胸が少し熱くなる。
「……太宰君」
香織は手すりから背中を離して、ほんの少しだけ太宰に近づいた。
夜風に混じる潮の香りが、太宰のコロンと混ざって胸の奥をくすぐる。
「私……今日、楽しかったよ」
「そりゃよかった」
太宰は少しだけ笑って、香織の頬に触れると、そのまま手を滑らせて顎をすくった。
「でもまだ帰りたくないんだろう?」
香織は驚いて目を見開くと、すぐに恥ずかしそうに視線を逸らした。
「分かるでしょ、言わせないでよ……」
太宰の笑みが少しだけ深くなった。