第7章 欠けゆく月と君の隣で
休日の横浜は、夏の日差しが少しだけ柔らかくなって、海風が街の隅々を心地よく撫でていた。
「……どこに行く気なの、太宰君」
駅前のカフェで待ち合わせた香織は、隣の太宰を睨む。
太宰はいつも通り薄い笑みを浮かべたまま、香織の肩に手を置いた。
「何を言うんだい、今日は香織と死に場所を−−−」
「はいストップ」
香織は即座に太宰の脇腹を肘で突いた。
思わず『ふぐっ』と声を上げて体を丸める太宰に、周りの子供がきょとんと目を丸くしている。
「普通にデートしようって言ったの、太宰君でしょ?」
「冗談だよ冗談、今日はちゃんとエスコートするつもりさ」
「ほんとかな‥‥」
香織は半ば呆れながらも、すっと太宰の隣に並ぶ。
向かった先は大きなショッピングモール。
香織がウィンドウを見て立ち止まるたびに、太宰は香織の肩に顎を乗せてきたり、耳元で『似合うんじゃない?』と囁いたり。
「て、店員さんが笑ってるから!」
「恋人同士なんだから普通じゃないか?」
「普通じゃない顔して言わないで!」
気付けば買わされていた小さなペアマグカップの紙袋を、香織はぶら下げて歩く。
太宰はそれを当然のように取り上げて自分で持ち、腕を絡めるようにして彼女を連れて歩いた。
昼は海沿いのテラスカフェ。
香織が頼んだパスタを、太宰は当然のようにフォークで横取りする。
「ちょっと!!自分の頼んだでしょ!」
「香織のが美味しそうなんだもん」
「子供か……」
文句を言いながらも、香織は太宰が口元を拭く紙ナプキンを渡してあげる。
海風が吹いて、太宰の前髪が香織の頬をかすめた。
一瞬、太宰の指先が香織の髪に触れ、そのまま耳にかける。
「……何?」