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【第二章】ヨコハマ事変篇 〜ひとしずくの願い〜

第7章 欠けゆく月と君の隣で







それから数日後、探偵社の事務所にはいつも通りの朝の空気が流れていた。
机には書類が山積みで、国木田の『太宰ーーー!』という怒号が定期的に響く。
だが、何かがほんの少しだけ変わっていた。

「如月、今日の報告書だ。チェック頼む」

「国木田さんも朝から大変ですね」

香織はいつものようにデスクで書類を受け取り、ペンを走らせる。
一方、ソファに寝そべっていた太宰は、香織の隣の椅子を引き寄せると堂々と腰掛けた。
そして当たり前のように、香織の椅子の背もたれに手を置いてくる。

「ねぇ太宰君?仕事しようか?」

「してるよ、香織の観察という大仕事を」

「はぁ……」

香織が眉を寄せると、敦が気まずそうに国木田の方を見て、国木田はいつもの三倍くらい深い溜め息をついた。

「如月、お前……大丈夫なのか、本当に太宰と……」

「国木田さん、心配してくれるのはありがたいですけど……言い方……」

香織が笑いながら肩を竦めると、背中に置かれた太宰の手がさりげなく肩をポンポンと叩いた。

「まぁまぁ国木田君、私は幸せにするつもりだから」

「誰をだよ!」

「香織に決まってるじゃないか」

そんな調子で太宰がさらっと言うものだから、谷崎は書類を吹き飛ばして噴き出し、敦は顔を真っ赤にして『わぁ……』と小声で呟いた。

「お前が言うと信用できない!」

国木田は書類をバンッと机に置き、深く息を吐いた。

「でもまぁ……如月がいいなら……」

「はい」

香織が柔らかく笑うと、太宰が嬉しそうに肩をすくめ、わざとらしく『いい子だ』と言いながら彼女の頭に顎を乗せた。

「ちょっと、重い重い!」

香織が太宰を押し返すと、太宰はわざとらしく机に突っ伏して倒れ込み、谷崎が『また始まった……』と肩を落とす。
賢治が嬉しそうに駆け寄ってきて、

「如月さん、太宰さんとすごく仲良しですね!」

賢治が微笑むと、香織は思わず赤面したまま太宰を小突いた。

「もう!ほんとに!!」

探偵社の朝は今日も騒がしくて、でも少しだけ、誰もが以前より楽しそうに笑っていた。
太宰の袖をふと掴んだ香織の指先は小さく、けれど確かに彼に絡んでいる。
賑やかな探偵社の空気が、ほんのりと甘く混ざっていた。




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