第7章 欠けゆく月と君の隣で
香織は額を太宰の胸に預けたまま、ゆっくりと息を吐いた。
太宰の指先がそっと背中を撫でて、香織の髪を優しく梳く。
その静かな時間を破ったのは、遠くから響いてくる声だった。
「あれ、太宰さん!?如月さん!?」
振り返ると、敦がベンチの方へ駆け寄ってくるのが見えた。
後ろからは国木田と谷崎、それに賢治の姿まで見える。
「や、やだ!最悪!!」
香織は太宰の胸元を握ったまま、小声で呻くように言ったが、時すでに遅し。
「何してるんですか、こんなところで……」
駆け寄ってきた敦は息を切らしながら、目をまん丸にして二人を交互に見ている。
その後ろで国木田が額に手を当てて溜め息をついた。
「太宰、勤務中に何をしているんだ……」
「いやいや、国木田君。勤務外さ!完全にプライベートだよ」
太宰はいつもの調子でとぼけながら香織の肩に腕を置いた。
香織は顔を真っ赤にして、その腕をぺしっと叩く。
「プライベートとか言わないでよ!」
「ええっと……つまり、付き合ったってことですか?」
敦が恐る恐る聞くと、谷崎が『おぉ〜!』と軽く拍手をして、賢治がにこにこと頷いている。
「よかったじゃないですか!太宰さん、如月さん!」
「おめでとうございます!」
賢治の無垢な祝福に香織は顔を覆いたくなったが、太宰はどこ吹く風で腕を伸ばし、香織を自分の方に引き寄せる。
「国木田君、私は今日からとても有意義に生きることに決めたよ」
「お前にだけは言われたくない!!」
国木田の叫び声に、谷崎と敦が必死に笑いを堪えている。
「か、香織さん!太宰さんに振り回されないように気をつけてくださいね!」
敦の真剣な忠告に香織は『もう手遅れだよ……』と小さく呟いた。
だが太宰の肩越しに、探偵社員たちの温かい笑い声と、夜の街の灯りが静かに滲んでいた。
崩れることを恐れていた関係は、案外あっさりと隣に戻ってきた。
香織は小さくため息をつき、太宰のコートの袖をそっと掴んだ。