第2章 青の時代 〜忘れられないあの日の思い出 𝓟𝓪𝓻𝓽1〜
「お、お姫様抱っこ……!?」
夜風が頬を撫で、見慣れた街並みが一瞬で遠ざかっていく。
二人を包む空気が一瞬だけ、世界から切り離されたみたいに静かだった。
美鈴は恐る恐る足元を見下ろし、ぎゅっと中也の肩に腕を回した。
「わ、わっ……! た、高い……!」
「手前の家は見えるか?」
中也が顎をしゃくるように、視線を導く。
「あ、あれ」
指先で遠くの屋根を指すと、彼は小さく息を吐いて口角を上げた。
「ほらよ」
風と一緒にふわりと降ろされ、気がつけばビルの屋上の縁に立っていた。
まだ心臓が速くて、足元が頼りなくて、美鈴は名残惜しそうに彼の袖をそっと掴んだ。
中也は背を向けて去ろうとする。
「あ、あの!」
小さく掠れた声で呼び止めると、中也がふっと振り返った。
「ん?」
声をかけておきながら、言葉が喉に引っかかってしまった美鈴は、ぎこちなく袖を握り直し、うつむきがちに彼を見上げた。
「名前! 教えてください!」
夜風が二人の髪をさらりと揺らす。
「……中原中也だ。」
「中原……中也……」
美鈴の小さな声が月明かりに溶け、指先にはまだ彼の赤い袖の感触が、熱を残していた。