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【第二章】ヨコハマ事変篇 〜ひとしずくの願い〜

第5章 好きか依存か






(……それなら、今のままでいい)

夜風がそっと髪を揺らす。
抱えた膝に額を押しつけると、ひどく小さくなった自分の呼吸が聞こえた。
香織の本心を聞かれたら全部壊れてしまう。
何も言わないで、笑っていながら友人として、同僚として、ただ隣にいればいい。
窓の外の街灯が滲んで、夜の奥へとゆっくり溶けていく。
香織は目を閉じて、冷たい夜気を頬に受けながら、まだ消せない胸の奥の声をぎゅっと押し込んだ。

(考えるのは辞めよう)

香織はゆっくりと目を閉じて、深く息を吸い込んだ。
胸の奥を渦巻く答えの出ない思考を、無理やりに押し込めていく。
どうせ考えたところで、太宰の本心を全部知ることなんてできやしない。
彼の隣に立つのが怖いのに、隣に立たない自分はもっと怖い。
だから、明日も自分は何事もなかった顔で、彼の横に立つ。

「……いつもの私で過ごせば−−−」

小さく呟いて、シーツを握りしめる指先に力を込めた。
太宰の前では、笑っていればいい。
何も知らない顔で、何も気付かない顔で、ただ彼の言葉に頷いていればいい。
それが自分にできる精一杯の、彼への誠実さのように思えた。
自分の想いを悟られないように、余計な言葉を言わないように、
ただ、置いていかれないように。
時計の針が静かに進んでいく。
街の喧騒も遠く、窓の外の街灯の光だけが、香織の横顔を淡く照らしていた。
明日から何でもないふりをして、いつもの日常を過ごそう。
やっとのことで瞼が重くなり、意識が静かに沈んでいく。
部屋の中にはかすかな寝息だけが残り、夜は静かに深くなるばかりだった。







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