• テキストサイズ

【第二章】ヨコハマ事変篇 〜ひとしずくの願い〜

第5章 好きか依存か








「これが‥‥恋?」

与謝野は苦笑して、空になったグラスをトントンと指先で叩いた。

「彼奴は香織に惚れているよ、執着心がある。偶に手放さないって顔をするくらいだからねぇ」

香織の瞳に、僅かに滲むものがあった。
それでもまだ、その言葉を自分の中でどう抱えていいのか分からないように、小さく首を振った。

「そんなことは無いと思います。仮に私が太宰君に対する気持ちが恋だとして、それは本当に恋なんですか?」

香織はか細い声で問い返す。
自分の胸の奥に湧き上がる感情が、ただの弱さではないかと疑うように。

「‥‥依存なんてこともありますよね?」

与謝野は小さく目を細めて、ひとつ深く息を吐き、香織の肩にそっと手を置く。

「香織‥‥」

呼びかける声は優しくて、それでもどこか厳しさを含んでいた。

「恋と依存の境目なんて、誰だって分かりやしない。恋だって誰かに縋りたくなるものだ」

香織は小さく瞬きをして、与謝野の言葉を飲み込もうとするように唇を結んだ。

「誰かに傍にいてほしいって願うことは、恥ずかしいことじゃない。香織が太宰に依存してるんじゃなくて、あの男だって、香織に縋ってる」

「……そんなふうに、見えません」

香織の声はかすれていたが、その奥には小さな熱が宿り始めていた。
与謝野は小さく笑って、そっと香織の手を握る。

「……太宰はいつも飄々としてるが、本当は脆い。香織にしか気づけない顔があるはずだ」

香織の目がゆっくりと伏せられた。
思い浮かべるのは、自殺本を読む太宰の横顔やほんの一瞬見せた、壊れそうに脆い笑み。

「……そうですか」

小さく漏れた問いに、与謝野は力強く頷いた。
香織は小さく息を吐き、ようやくほんの少しだけ笑った。
店内の小さな明かりが、二人の影を静かに揺らしていた。




/ 77ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp