第5章 好きか依存か
「これが‥‥恋?」
与謝野は苦笑して、空になったグラスをトントンと指先で叩いた。
「彼奴は香織に惚れているよ、執着心がある。偶に手放さないって顔をするくらいだからねぇ」
香織の瞳に、僅かに滲むものがあった。
それでもまだ、その言葉を自分の中でどう抱えていいのか分からないように、小さく首を振った。
「そんなことは無いと思います。仮に私が太宰君に対する気持ちが恋だとして、それは本当に恋なんですか?」
香織はか細い声で問い返す。
自分の胸の奥に湧き上がる感情が、ただの弱さではないかと疑うように。
「‥‥依存なんてこともありますよね?」
与謝野は小さく目を細めて、ひとつ深く息を吐き、香織の肩にそっと手を置く。
「香織‥‥」
呼びかける声は優しくて、それでもどこか厳しさを含んでいた。
「恋と依存の境目なんて、誰だって分かりやしない。恋だって誰かに縋りたくなるものだ」
香織は小さく瞬きをして、与謝野の言葉を飲み込もうとするように唇を結んだ。
「誰かに傍にいてほしいって願うことは、恥ずかしいことじゃない。香織が太宰に依存してるんじゃなくて、あの男だって、香織に縋ってる」
「……そんなふうに、見えません」
香織の声はかすれていたが、その奥には小さな熱が宿り始めていた。
与謝野は小さく笑って、そっと香織の手を握る。
「……太宰はいつも飄々としてるが、本当は脆い。香織にしか気づけない顔があるはずだ」
香織の目がゆっくりと伏せられた。
思い浮かべるのは、自殺本を読む太宰の横顔やほんの一瞬見せた、壊れそうに脆い笑み。
「……そうですか」
小さく漏れた問いに、与謝野は力強く頷いた。
香織は小さく息を吐き、ようやくほんの少しだけ笑った。
店内の小さな明かりが、二人の影を静かに揺らしていた。