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【第二章】ヨコハマ事変篇 〜ひとしずくの願い〜

第5章 好きか依存か






横浜の夜の居酒屋。
暖簾をくぐると、酒と焼き魚の香りが鼻を刺す。
与謝野は奥の席に香織を座らせると、ビールと枝豆を注文した。

「で、寝不足だけでここまで上の空はないだろ」

グラスを置く音が静かに響く。

「……何があったんだい?」

与謝野の視線を受けながら、香織は小さく笑って目を伏せた。

「……別に、何もないですよ」

弾かれたようにグラスを握る指が、ほんの少しだけ力を込めて震えた。
与謝野はそれを見逃さなかった。
無言で手元のタバコに火をつけ、紫煙をゆっくりと吐き出す。

「嘘が下手だねぇ、香織」

香織は唇を噛むと、苦笑いでごまかすように視線をカウンターの奥に送った。

「太宰と……何があったんだい?」

与謝野の言葉に、香織の肩がびくりと揺れる。

「私‥‥」

そこまで言って、声が途切れた。
小さく息を吸って、グラスの縁に額がつくほど顔を伏せる。

「……分からないんです」

与謝野は片肘をついて、香織の伏せた頭を覗き込むようにして問いかけた。

「何が?」

香織は目を伏せたまま、かすれる声で答えた。

「……『太宰君に置いていかれるのが嫌』って、言ったんです」

ぽつりと落とされた言葉が、グラスの中の氷のように静かに響いた。

「……次なんてないのに、ちゃんと隣にいてって……」

震える声に、与謝野の目が柔らかく細められる。

「恋だねぇ」

香織はゆっくり顔を上げて、与謝野を見た。
目の奥で何かを探すように揺れている。







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